NEW!!■■ 一月に作った短歌、睦月歌三十六首を sutanka (←クリック) にまとめました ■■

23:26
月光の会
会員さん、小柴節子さんが歌集「しろつめくさの咲く頃に」を上梓された。会員には謹呈したいとのことで送られてきた。奥深くに持たれている確執を解き明かすことはできぬが、自分にちかいものを感じる歌がある。以下。
歩 行 す る あ そ こ で も な く こ こ で も な く あ る は ず の 場 所 そ こ だ け 目 指 し
虚 空 へ 行 く 階 段 あ り て 探 し お り の ぼ り つ め れ ば 何 に つ な が る 虚空:そら
来 な き も の 待 つ の が わ れ の 仕 事 な り 来 て は な ら な い 何 が あ り て も
て の ひ ら に カ ナ リ ア の せ て 夜 を 往 く う た を 忘 れ し お ま え も わ れ も
待つものや行かねばならぬ強迫を、自身の生だ、と自身に言いくるめる。その仕方なさの切実な正当性。あとがきに「精神の安定や均衡といったものが卑しく見えるときがあるものだ。敗者がその悲劇性によって勝者に打ち勝つ、その瞬間というものがこの世には必ずある」という中村真一郎さんの言葉がバイブルのようなものだった、とある。バイブルというのは救済という意味なのだろう。
このことはアルコール依存症で入院していたときに、アル中だった尾崎放哉を例にあげ主治医とさんざん論議したことであった。で、私は今のところ、勝者も敗者も御免こうむる位置を保とうとしている。卑怯であるかもしれぬが、自分にあった「治療」だと言い聞かせている。勝者や敗者などといった単純な二分割の葛藤の揺れは酒を呼び込むばかりだし、今のところそれは私にとって酒が担保する論理だ。
言い訳だとの指弾があるかもしれぬが、私は二度とアルコールのただ中に身を置くことはしない。これが第一義である。それがなければ文字どおりの意味でまったきのすべてを失う。だから、そのあいまいな位置を前衛とし、少しずつ歌を確かなものにしていきたい。だいたいがこういう論調事態が気持にはよろしくないのだ。酒が近づく状態であると言える。お酒を語ることはメタの論理展開になる。ま、そんなことはどうでもよくて、と避難して、最近、どうも歌がうまくゆかない。こういうときは歌自身が本来持っているだろう力に身をあずけ、修辞に頼らない方がいいのかもしれぬ。難しいなあ…
酒を断つ妖怪ならばそれでよし、そんなこんなあいまいな夜だ
只今のながらCD
ANOTHER DAY ON EARTH / BRIAN ENO

22:39
水 の な い 井 戸 へ と 下 ろ す 釣 る 瓶 も て 旨 さ う に 飲 む い つ は り つ 飲 む
みずのないいどへとおろすつるべもてうまそうにのむいつわりつのむ
職場の
休憩室から小学校の運動場が見える。長袖長ズボン半袖半パン、それぞれだが、児童は元気に走り回っている。縄跳び、一輪車、バレーボール、ドッヂボール、単に追いかけ合っている子供たち。私もかつてあのように身軽であったか。走り回っていたか。そのときそのときに悲しみ憎しみ無為の喜びを持ち、軽業師のように身をひるがえしていたか。
たぶん、子供というのはだいたいにおいて、そういうことをするものだから、していたのだろう。しかし、何も覚えてはいない。無邪気であったことは覚えていない。ただ、校庭の隅から眺めていた邪気ある心のことは覚えている。そういうものだな。
うちの娘さんはどうだったのだろう? 想像だにできなくて、急に帳が下りたように悲しくなることがある。そんな時には心を掘ってみるが、なにも出てこない。涸れている? で、やっぱり、もっと悲しくなるのだった。
身代わりになれぬことだけ悲しみは、そんなこんな何も知らない夜だ。
只今のながらCD
THE PEARL / BRIAN ENO, HAROLD BUDD with DANIEL LANOIS

23:23
き み を 二 度 殺 し て し ま ひ 情 け な し 呪 わ れ さ め る 珈 琲 に が し
きみをにどころしてしまいなさけなしのろわれさめるこーひーにがし
喫茶店で
月光へ送る歌稿を十首推敲して「さあ、これで送信」と思って家に帰って、パソコンに向かうとどうも変である。見た目のボリュームが変だ。おおっ!そうだ歌稿は十五首の予定だった。急遽、ああでもないこうでもない、とない知恵を絞って、何とか送り終えた。はあ….
昨日、お会いしたばかりのユウコさんから長めのメールをいただく。親しみのこもった上に初めてのメールだから十分に配慮されていて、そして抑揚の利いた文体に、ああ出会えてよかったなとあらためて思った。出会いをつくってくれた文さん、ありがとう。今日の歌会の首尾はどうっだったのだろう。
映画「ラブリー・ボーン」のサントラをYoutube で検索して過ごす。穏やかな日ではあったのだ。
人は死ぬ忘れさられて二度も死ぬ、そんなこんな逝った友を思う夜だ。(映画の影響だ)
只今のながらCD
A REALITY TOUR / DAVID BOWIE
20:27
ディス・モータル・コイル「サウンド・オブ・サイレン」
コクトー・ツインズ「アリス」
今日は映画「ラブリー・ボーン」のサントラ検索に結構時間を費やした。
天国のシーンで流れる曲二つ。いいなあ、そろえようか、うう。
ディス・モータル・コイル「サウンド・オブ・サイレン」
コクトー・ツインズ「アリス」
今日は映画「ラブリー・ボーン」のサントラ検索に結構時間を費やした。
天国のシーンで流れる曲二つ。いいなあ、そろえようか、うう。
12:31
ブライアン・イーノ「MUSIC FOR AIRPORTS」
映画「ラブリー・ボーン」のイントロで流れます。
(映像は映画とは関係ありませぬ。投稿者の曲に対するイメージのようです)
ちょいと喫茶店へ、月光への歌稿を推敲しにお出かけ。
ブライアン・イーノ「MUSIC FOR AIRPORTS」
映画「ラブリー・ボーン」のイントロで流れます。
(映像は映画とは関係ありませぬ。投稿者の曲に対するイメージのようです)
ちょいと喫茶店へ、月光への歌稿を推敲しにお出かけ。

22:33
午後三時
に、紀伊国屋の短歌の棚で文さんと待ち合わせる。それから喫茶店に行って短歌の話をしたが、どうも話の腰を折るような話し方をしてしまい反省。ときどき相手の話をじっくり聞くことを忘れることがある。で、頓珍漢なすれ違いの会話をしてしまう。反省。午後四時に文さんの短歌友達ユウコさんが参加。私は初対面だが「未来」に参加しておられる方。
三人で入れる喫茶店が見つからない。土曜の梅田ってどんな喫茶店も満席だ。驚くなあ…新梅田食道街にあるおばあちゃん二人が切り盛りしてる喫茶店になんとか入り込む。短歌の話を少々、あとは世間話、阪神・淡路大震災の話などをする。ユウコさん、まっすぐなピュアなお人である。
文さんと会う前に、映画「ラブリー・ボーン」を観る。シリアル・キラーに殺された14歳の少女の天国からの物語。一番最初のシーンはイーノの「ミュージック・フォー・エアポート」で始まる。あとは「アナザー・グリーン・ワールド」や「テイキング・タイガー・マウンテン」からも。ほかのミュージシャンはディス・モータル・コイル「ソング・フォー・ザ・サイレン」やコクトー・ツインズ「アリス」など…カルトな音がずらり。映画も美しかったが、サントラにやられました。何より驚いたのは、私の大好きなホリーズの「ロング・クール・ウーマン・イン・ア・ブラックドレス」が流れたこと。これにはズズッと席から腰が滑ってしまったわ。
文さんとハグして、お二人と別れてからタワレコへ。デビッド・ボウイの新譜「ア・リアリティ・ツアー」ライブ2枚組が出ていた。今日の写真がジャケットの一部。このカッコイイこと。63歳。髪型、目つき、腰の絞まり方、ベルトのだらしなさ、音もこれまでのモヤモヤが吹っ切れたようにロケンロールしている。原点回帰、ロック本来のカッコよさ。現役バリバリのロケンロール・スターであることを証明。名盤「ジギー・スターダスト」や「スキャリー・モンスター」からもいっぱい選曲。なんと「すべての若き野郎ども」も収録、これを聴くとミック・ロンソンも長生きしたかっただろう、一緒にステージ立ちたかっただろう、と思う、合掌。結果、めちゃくちゃいいです、これ。このセットリストなら観に行きたかったなあ。
ああスター輝くために戻り来ぬ、そんなこんなボウイの夜だ
只今のながらCD
A REALITY TOUR / DAVID BOWIE

22:51
口 惜 し き 一 つ ひ と つ を 埋 葬 す オ リ オ ン 果 つ る 野 辺 も あ り な む
くちおしきひとつひとつをまいそうすおりおんはつるのべもありなん
明日は
午後3時から短歌友達の文さんとデートする段取りである。なんだかスタックしてテンションがあがってるように日記に書かれてあるので、私も最近の不調の愚痴でも聞いてもらおうかしら。ふふ、覚悟めされよ。
デートの前に映画「ラブリー・ボーン」を観に行く予定をしている。ブライアン・イーノの「ミュージック・フォー・エアポート」がサントラで使われているという。楽しみ。
結社月光の会の歌誌15号の締め切りも十日と迫ってきた。最近は自分でも納得するものができていないので、選歌に困るだろう。しかし欠詠はしない。福島泰樹主宰は一首でも参加するようにと熱き檄を飛ばし続けている。応えなければならないのである。
寒々と土葬を夢み冬の星、そんなこんな明日はデートの夜だ。
只今のながらCD
FOREST OF THE PINE / WES JEANS

22:55
最近
というか、ここ何カ月か眠りが深い。そして重い。中途覚醒がなく、夢も何も覚えていない。頭の中では、持ち重りする長方体の大きな羊羹が一本ベッドに置かれてあるような眠りだ。または、ツタンカーメンのように微動だにせず寝て、復讐のミイラ男のように朝おきる。
そう、眠ってから起きるまでに何もない。何もないけど、ただただ深い重い眠りがあって、死んでいるみたい。死は経験がないから、こういう感じではないかなあ、と何の記憶も残らない眠りの時間を「死」という形で想像してみる。
寝返りも打たず、きっと寝入った形のままに起きているのではないか。
沈みゆく眠りの底の深海魚、そんなこんな深い眠りの今日このごろの夜だ。
只今のながらCD
FREAK OUT / THE MOTHERS OF INVENTION

23:23
予定
通り、お咲きさんとお寿司を食べに出かけていたので、帰りが遅くなった。満腹、眠りまする。
只今のながらCD
6 / SOFT MACHINE
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