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あるのすさび

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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旗 + 短歌一首

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22:52



垂 れ さ が り と き に は た め く 国 旗 と い ふ や ん ご と の な き 布 切 れ あ ま た


たれさがりときにはためくこっきというやんごとのなきぬのきれあまた



 紅葉を


 見に行って、土塀につくる影も美しく、気に入って写真に収めた。


 東西ドイツが統一し、ソ連が崩壊し、それから民族の独立運動、紛争・内戦がおこり、今、世界に何カ国あるのか知らない。知らない国名も増えた。国があれば国旗がある不思議。私は小さいころから旗や国旗というものが好きではなかった。左翼でも民族主義者でもない。左翼には左翼の国旗があり、民族派には民族派の国旗があるだけだ。


 べつにジョン・レノンの「イマジン」を気取っているわけではない。小さい時から馴染めなかった、というだけの話。祝日に国旗を門柱に掲げていた父。あれもよく分からなかった。美しくなかったのである。日の丸がどうとかこうとかいう話ではない。オリンピックや世界陸上などで優勝した選手が国旗を背負ってグランドをビクトリー・ランする光景は心穏やかでない。


 国旗だけに限らない。私は野球は阪神タイガースファンだが、応援団の振るあの大きな旗も嫌だし、J リーグはまったく感心ないのだけど、テレビで見かけるあの巨大な旗には鳥肌が立つときがある。先天的に駄目。受け付けない。


 辰巳泰子さんに「詠いたいものがないのでは?」と、三鷹のミスドで言われた。そのころ、歌がどうもなあ…と思っていたところで「う~ん」とうなってしまった。が、基本「世界」への、と大上段に構えなくても日常の違和や祖語を詠んでいくのが私の歌なのだと思う。自然を相手にしても、相聞でも違和と齟齬が通奏低音としてある。果たして、私にとって興感というのは大きな違和や齟齬なのかもしれない。あと基本にあるのは自分と人の死と追悼だ。生きるという病は致死率100%。追悼は生きている者だけの特権で、書くという特権と釣り合う。死者に対していずれわが身も続くのだ、と追悼するのは礼儀と秘された決意だと思う。





 そんなこんな。



只今のながらCD

GABRIEL FAURE, INTEGRALE MUSIQUE de CHAMBRE Ⅱ
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by alglider | 2010-11-24 21:37 | 短歌 | Comments(0)