通夜

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22:17


 仕事帰り、


 I 氏のお通夜に行ってきた。朝、仕事の相方さんが斎場の近くに住んでいるものだから、アクセスを尋ねると「どうしたの?」ということで「かくかくしかじか…」と答えると「何時からお通夜?」と質問を重ねるので「6時から」と返事をすると「6時!」って。仕事の終わるのが6時なので「導師さんのお経とか間に合わへんやん」と相方さん。「お通夜なので拝んむだけでも…」。で、会話は終了したのだが、夕方になると相方さんは、ささっと仕事を手際よく終わらせて「さあ、行っといで」。何とも気遣いの人なのである。おかげで6時に間に合った。感謝、尊敬。


 斎場に行くと断酒会の人や I 氏の主治医さんも来ていた。久し振りに会う人もいて、軽くあいさつ。


 少し痩せていたが、やすらかな死に顔だった。“おくり人”の仕事が介在するからだろうが、なぜかいつも死に顔を恐れたことはない。それどころか親和性を感じる。いつか私もそこに眠ります、あなただけではありません、安心して旅立ってくださいと。私、その日のための写真は決めてあるのだけど、流す音楽には悩む、笑。これはむずかしいなあ...しかし、まだまだすることが残ってるのだ。がんばんべ。南無。



 夕照はしづかに展くこの谷のPARCO三基を墓碑となすまで     仙波龍英

 ではないが、今日の写真を墓碑とする。



そんなこんな。



只今のながらCD

KULU SÉ MAMA / JOHN COLTRANE
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Commented by ボブ at 2011-09-21 09:07 x
知り合いから友人の両親、身内、友人とだんだん範囲がせばまってきてる感じがします。

包囲網が迫ってきて、やがて我が身になるのでしょうね。そんなには遠くないような気がしている昨今です。

パンタタさんのBGMはロックガンガン流しましょう。

浅川マキでは場に似合い過ぎるし
Commented by 雪太郎 at 2011-09-21 19:19 x
こういってはいけないのでしょうが、お通夜や告別式に行くのが好きであります。
そりゃ、亡くなったのは悲しいんだけど、生きて関わっているときにはなかなかできない「しずかにその人の人生を知る機会」だな、という気がします。

私も、自分の葬式全般、用意済みです。
いろいろ準備していると、パーティーをプロデュースしているような錯覚にも陥りました。
面白いもんですね。

Commented by 稲泉 at 2011-09-21 20:26 x
ここ1ヶ月でよっつの葬儀がありました。

乳癌で難聴のお子さんをおいて亡くなった友人がいます。

後悔しないように生きたいなと思うと生き急いでしまうような。

モノクロはやはりいろいろ考えちゃいますね。
Commented by パンタタ at 2011-09-21 20:35 x
ボブさんへ

狭まっている、なるほどの表現ですね。
年齢順に逆さまごと、逆縁が身近で起こっていなければ、
よし、というか自然ななりゆきですね。
BGM ロックガンガンですか、そのバージョンもありかな..

Commented by パンタタ at 2011-09-21 20:38 x
雪太郎さんへ

生きていて関係性を作っていくのがいいのでしょうが、
>「しずかにその人の人生を知る機会」
の視点は追悼の意ですよね。
葬式全般用意済みですか、それはスゴイ。
セルフプロデュース、結構楽しいかも。
死んでも自分の生を他人任せにしない。
私も考えよう、やっぱり音楽からだな。

Commented by パンタタ at 2011-09-21 20:40 x
稲泉さんへ

1ヶ月で4回は多いですなあ...
後悔しないように生きるには、毎日が反省ばかりというこの矛盾、笑

by alglider | 2011-09-20 21:18 | 日々是口実 | Comments(6)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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