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あるのすさび

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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町の原風景 + 短歌一首

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23:02

起 き ぬ け の 鏡 に う つ る 輪 郭 を な ぞれ ば 頬 の 骨 で 止 ま り ぬ


おきぬけのかがみにうつるりんかくをなぞればほおのほねでとまりぬ



 昨日の


 餅つきで思い出したのだが、私が小学生のころ、家の近所に餅の「賃つき屋」があった。年末になると、そこへ餅米を持って行き、餅をついてもらって、その手間賃を払う。歳の瀬には、玄関にどーんと木箱に整然と並べられた丸餅と鏡餅が配達されたのだった。その「賃つき屋」は疾うになくなったし、そんな仕事があったことを知る人も少なくなった。


 小・中学校の同級生にはサラリーマンの子供に混じって、その「賃つき屋」のような小商い、商売をしている友達がたくさんいた。魚屋、酒屋、荒物屋、下駄屋、米屋、八百屋、本屋、排水管屋などなど数え挙げれば切りがない … たまに医者の子供なんてのもいたけれど、ま、珍しかった。そういう小さな商売をしている店が集まって町が出来上がっていて、当然、そこに子供たちがいて学校に通っていた。


 町は小さな細胞のように活発にうごく店屋さんで有機的につながっていて、活気があり、季節ごとに注文する商品があって、商売も気さくな言葉の掛け合いで成り立っていた。スーパーもコンビニもなく 「これでよろしかったでしょうか」 とか 「千円からお預かりします」 なんて変な言葉もなかった。商売の駆け引きも含め、有機的に人の情けと言葉とでつながっていた町に出会うことはもう少ない。それが私の町の原風景である。ああ、商店街 (ちょっと規模が大きくなるけど) へ出かけよう、と年末には思い恋しくなるのだ、と餅をついていて思った。さしずめみゆき通りかな、@貴くん。



 そんなこんな。



只今のながらCD

THE PIANO / MICHAEL NYMAN
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Commented by at 2011-12-06 08:33 x
わたしの町では、お菓子屋さんで撞いてもらいます。もちろん機械撞きですけれど。
兼業農家がまだあるので、自宅の田でできた餅米を持って行って撞いてもらいます。餅米をつくらない家は農家からわけてもらって、それを持ってゆきます。
でもまぁ、それも少なくなってきたのでしょうね。我が家も、こども達がゐなくなって、スーパーで少しばかりのお持ちを買うようになりました。撞きたての餅は、冷凍しておくと、解凍した時に撞きたてのやはらかさです。
お正月ですねぇ。。。
Commented by 雪太郎 at 2011-12-06 08:41 x
商店街、いいですよね。
普段の買い物はどうしてもスーパーに行ってしまいますが、
ときどき、小さな商店にも足を運びます。
下駄屋さんが一番好きかな。
あと、うちの近くの町は鍛冶職人が多いので、刃物屋さん。
店先にずらーっと包丁が並んでいて壮観です。

お店に入るとき「ごめんください」と言う自分に懐かしさを感じます。
スーパーの自動ドアが開いても、「ごめんください」とは言いませんもんね。
Commented by パンタタ at 2011-12-06 20:21 x
文さんへ

おお、まだ「賃つき屋」さんが残っているのですね。
そういう店が忙しくなると、いよいよ師走って感じですね。
そうね、今やスーパーで何とかの切り餅というご時世ですな。
もう正月だねえ、早いこと。

Commented by パンタタ at 2011-12-06 20:23 x
雪太郎さんへ

「ごめんください」、その言葉を忘れていました。
奥にお婆さんなんかが座っていてね、
「ごめんください」って言わないと、客が来たかどうか分からなかったり。
刃物屋さん、ずらーっと包丁、ちと恐い。

Commented by 稲泉 at 2011-12-06 21:06 x
わたしは小さなお店が好きで、魚や鳥肉は個人商店のはかりうりを利用しています。

こちらは和菓子屋さんが餅をついたり赤飯を炊いてくれますね。

うちには赤飯の蒸し器やら石臼や杵があるので縁なしですが。


街じゃなく町。
Commented by パンタタ at 2011-12-06 23:56 x
稲泉さんへ

個人商店をまだ利用されてるのですね。
それがいいよね。量り売りって、もう、懐かしい言葉だ。
そう街じゃなく町、横町。

by alglider | 2011-12-05 22:18 | 短歌 | Comments(6)