正常ということ その4

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 写真の猫、木に登って降りられないのかなぁ、ってしばらく見ていて、見ているから降りないのね、と気づいたアル中の私でした。


 正常ということ その3、からの続き.........私がアル中書架から借り出した吉村昭さんの『海も暮れきる』は、漂泊の俳人、尾崎放哉さんの伝記でした。放哉さんは、季語や五・七・五の形式に囚われない、いわゆる自由律の俳人で、[咳きをしても一人]でよく知られています。でも、なぜ放哉さんの自伝ががここのアル中病院の推薦図書になっているのか、私にはまったく分かりませんでした。

 で、ベッドに横臥して、ざざぁーっと、驟雨のように斜め読みしてみますと、その謎が解けました。放哉さんは結核におかされ、お酒に溺れ、流浪生活の果てに小豆島・南郷庵にたどり着き、極貧、病苦の中で亡くなった人です。そのぐらいの知識は私にもありました。が、ひと昔前の文人に多く見られるような作品と生を引き換えにした、無頼、頽廃派の中の一人として認知していたのです。まぁ、それでも間違いはないんでしょうけど、お酒に溺れるどころか、アルコール依存症、当時なら酒精中毒ですね、がかなり進行していたことが読むと分かります。

 でも、私は納得したわけではありませんでした。なんとも割り切れなかった、のです。これはなにごとか? お酒に溺れなければ、もっと長生きができて、もっと良い? もっと多くの? 俳句ができたのに、ねっ、アル中って悲惨でしょ、芸術家の才能も蝕んでしまうでしょ、ってこと? 私はそういう意図ですか、と確認したのです。私は放哉さんが、つくづく可哀想だと思いました。伝記が「アル中の人が省みることに役たてば......」って、放哉さんがあの世で納得しても、吉村昭さんが認めても、そんなんなしやろ、したらアカンのちゃうん、と、私は泣いてますベッドの上で、でした.....(ToT)

 他人の幸、不幸を自分の手本、鏡とすることはあります。他人の過ちを我が身に重ねて、反省に徹する夜もあります。しかし、それはたれでも良いというわけではありませんし、まして、この放哉さんの伝記を書いた吉村昭さんも、同じ結核を患い、病床で長い文章を読むのが辛く、もっぱら俳句を読んだといい、そして、同じ文章を書く者として、放哉さんの凄絶なまでの表現と向き合うためにこの伝記を書いた(私のうろ覚えです)というような後書き付しています。かような身になっては悲惨で、このままではあなたもかようですよ、と警告を発するには、他の良書(?)もあろうかと思います。

 私は入院したのだからアル中の身であります、しかし、お酒で委縮した脳でも、これは浮かばれんなぁ、やるせないなぁ、というささやかな矜持はありました。放哉さんもお酒を恨めしく思ったでしょう、魔力に打ちひしがれたでしょう、止まらぬ我が身を呪ったことでしょう、想像できますよ、できますから
 漬物桶に塩ふれと母は生んだか
と書いた、我が身を削いだ表現者の伝記を、安易に悲惨さのみにミスリードする意図で本を選定するのはあんまりだと、ベッドで泣いたのです。多分、とやかく言うことではないのでありましょう...... どのように読まれるかは本のみぞ知る、です。できたら、放哉さんの句集が書架に並んでいたら、私の思いは少し救われたでしょうがががが......
[作品と生を引き換えにする]という表現がありましたが、それについて、以降つ・づ・く.....
)o( アッチョンプリケ!

今日のながらCD
サティ ピアノ作品集1/高橋悠治

今日の一文
入れものがない両手で受ける                      尾崎放哉
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Commented by アルラ at 2006-04-22 21:53 x
傷は浅い?
がんばってけろ!
Commented by プータロー at 2006-04-22 22:37 x
きったーーーなー猫でやんすなぁー
Commented by プータロー at 2006-04-23 06:29 x
気になってたのだけど、琴光喜って、新生会病院では・・・・
Commented by パンタ at 2006-04-23 16:27 x
プータローさんとこ非公開コメントないでしょ。やっぱりまずいかと.....こらーえてすかぁーさい。
by alglider | 2006-04-22 17:19 | アルコールと自由 | Comments(4)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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