依存味

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 むかし昔、まだ駆け出しのフリーライターだったころ、[六味]という小さな割烹料理の店に取材にいったことがある。で、五味という言葉があるでしょ、甘[あまい]鹹[しおからい]辛[からい]酸[すっぱい]苦[にがい]という、あれ。六味というのは、店のご主人によると[あぁ美味しい]という感動、まぁ食事による調和のとれた満足の味ということだそうだ。調和のとれた、というところなんて、なかなかにくい。食雑誌ではよく[口福]なんて造語をつかって、そのニュアンスを伝えることもある。

 で、昨日、都島断酒会の昼例会に参加していて[あの酔いの世界]という言葉が深く印象に残った。断酒会の体験談で、お酒を切っていく、離脱の苦しみ、や、どれだけ周囲に被害を与えてきたか、自分はどれだけ酷いアル中であったかということは語られるが、魅惑的だった[あの酔いの世界]について語られることは滅多にない。どういうことだろう? 再飲酒が恐くて無意識に避けているのだろうか? 忘れてしまった? そんなことはないはずだ。忌避することなく[あの酔いの世界]の魅力は積極的に語られるべきだと思う。

 んで、夏が近づいてきて、ビールのコマーシャルが増えてきた。テレビで豪快にググッと一気に飲み干すシーンが、今さら気づいたように目にとまった。
 [おや、このコマーシャルずいぶん前からながれているよなぁ? お咲きさん]
 私はビールで依存症になったと言っても過言ではない。アルコールなら何でも好んだが、ビール以外は味わって飲むというアル中らしからぬアル中で、ビールはいつも片手にあった。だからビールをチビチビとやる。[ググッと一気に飲み干す]コマーシャルは[チビチビ]でないから、意識に焼き付かなかったようだ。私の[あの酔いの世界]への入り口は、日がな一日だらだら飲むビールだったのである。

 んんで、目が醒め、その一日の始まりの、ひと口目のアルコールはどのような味だったかと思い出すと、五味でもなく六味でもなく[あの酔いの世界]へ連れていってくれるのは[依存味]であった。現実には存在しない、頭の中だけにしか存在しない味、そういった意味では神と一緒だ。初めの一杯の味わいは遠くにある[あの酔いの世界]を思い出させ、胸の奥をわくわくと小躍りさせる。ふーっ、と意識が胃の中に落ちていき、胸に少し競り上がり、脳が遠くを見つめるあの味わい、依存症になった者にしか味わえぬのが[依存味]で、その味は病的にできあがった脳内の回路を光速で伝わってβエンドルフィンを増殖する。

 んんんで、[依存味]と[あの酔いの世界]は忌避されものではなくて、積極的に物語化さればならぬ。私の脳は、かつての神を覚えているるるる.......

追伸
 買い物に行きすがら考えた。あの名状しがたい快楽を、[依存味]という言葉にしてみると、私は発症(?)していないが、SEXやギャンブル、買い物の依存症も分かるような気がする。もっとその快楽自体は、文学の中だけでなく、病を持つ人々から言葉や物語りにされた方がよい。そういう意味では中村うさぎさんのはリハビリエッセイか.....特権化はしすぎてるけど.....

今日のながらCD
comme a la radio/Brigitte Fontaine

今日の一文
チャーリー・ブラウン[さあ ごはんだ!10分早く もってきたぞ・・]
スヌーピー     [じゃあ、 ちょっと待ったほうがいいな・・
           ぼくは 起きてるかもしれないが、おなかは まだ寝てる・・!]
        
              チャールズM.シュルツ/谷川俊太郎訳/スヌーピーのもっと気楽に
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Commented by プータロー at 2006-04-27 07:00 x
雑草は野に芽吹いてこそ生きる
美畑に芽吹いた雑草は摘まれ焼かれて死を
アル中は雑草より強く生き続ける
花や葉や枝を褒めるが、根は褒められないが命の元、強くはれ根よ・・
by alglider | 2006-04-27 00:48 | 回復過程 | Comments(1)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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