「ほっ」と。キャンペーン

霜月文化の日   一首


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22:47



寒 雷 が ず っ と 鳴 っ て い る 鳩 尾 の あ たり に 触 れ る き み の 手 の ひ ら



かんらいがずっとなっているみぞおちのあたりにふれるきみのてのひら



 小学生

 のころ、いずれは通うことになる中学校の裏山によく遊びに行った。中学校までは長い長い坂道(と、子供には思えた)で、向かいには「希望館」という児童養護施設があった。そこが両親そして親戚身寄りがない、またはそれに準じた事情のある子供たちの施設であると知ったのはずっと後で、「きぼう」が「希望」であるのを知ったのもずっと後で、小学生の私は「子供たちだけで生活できる楽園」と思っていた。仲の良い友達が何人かいて、誘いだしては裏山に上がった。山の上には新興宗教の大きな館があり、その裏手には広い広い芒の原が広がっていた。芒の原へは少し助走のとれる下り坂があって、両の手を広げ芒の上を飛行するかのように走り下りるのが好きだった。


 義務教育が終わると施設の友達とも離れ離れになり、新興宗教の館もだんだんと規模が大きくなり、芒の原へは行かなくなった、というか多分整地されてしまったであろう。それ以来、バスツアーなどのパンフレットで曽爾高原や砥峰高原を見ると「芒の高原へ行きたいなあ」と思うようになっていた。4年ほど前に誘われて和歌山の生石高原に行く話があったのだけれど、病上がりで長時間車に乗ることが億劫だった。で、話を断り続け、機会は失われてきたのだけど、今年は神奈川に引っ越した詩人のなっちゃんがわざわざ大阪に戻ってきてまで行くというので、塔の田村君となっちゃんと私の3人で行くことに決めていた(9月ごろの話)のだった。出発当日の6日前に義母が亡くなっていたから、芒の原というのは、何だか四十九日の済まない義母に出会えるような気もした。自分の背丈より高い芒の中を分け入ると茫洋とした気持ちのなるが、「芒」と「茫」なんと漢字も似ているではないか。




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 帰りは和歌山マリーナシティでバーベキューをして、そこから和歌山の短歌友達きゃろさんも参加。きゃろさんの娘さんと私の娘さんが同じ年齢で同じ今年二人とも結婚することになったので「まあ、奇遇ですなあ」とかなんとか。きゃろさんからお土産に名産の蜜柑をもらい、そして地元の有名ラーメン店である井出商店(←クリック)のインスタント袋麺を頂いた。さきほど小腹がすいたので食べましたが、いとおいし。うれしかるかるでした。ありがとう!



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 今日は昼からお咲きさんと義母がお世話になっていた介護施設に残っていた荷物の整理に行きテレビや加湿器を持ち帰った。もう少し終の棲家となるはずだったのだけれど、部屋はすっからかんと片付けられていた。入居するためのすっからかんは希望に満ちているが、去るためのすっからかんは寂しいね。



 そんなこんな。



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只今のながらCD

THE SCREAM / SIOUXSIE AND THE BANSHEES
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Commented by kanrinin-yuko at 2015-11-05 08:40
パンタタさん

それでも人生は続いていく、って感じがしました。ミクシーで見た芒の写真に。
Commented by alglider at 2015-11-06 21:47
ユウコさんへ

返事が遅くなりました。
それでも続いて行く、正解ですよね。
芒見てから、直接芒を詠ってるわけじゃありませんが、
調子よく何首かできています。万歳、笑。

パンタタ☮
by alglider | 2015-11-03 21:31 | 短歌 | Comments(2)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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