レコードを聴きながら雨を待つ

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 昼からの予報がずれ込んで、夕方から雨になりました。

 お咲きさんは仕事に、娘さんは京都市美の[ルーヴル美術館展]経由で阪大で百人一首に興じている模様です。私はお昼に蕎麦200ぐラムを食べて、レコードを聴いて過ごしました。BIG COUNTRY、THE iNMaTES、THE CURE、PATTI SMITH、訳あってディスコサウンドのGLORIA GAYNORなどなど、雨を待ちながら聴いておりました。

 思うのですがMTVができCDができてから音楽、とくに私の好きなROCKが面白くなくなってしまった。MTVはミュージシャンが見ることができる、というわけで初めのころ飛びついて見たのですが、結局はプロモですからすぐ飽きてしまって面白くも何ともない。一発ヒットを狙って有名になりたい、お金儲けをしたい、という姿がもろに映像に出てしまう。最後は映像が新しいなんて、本末転倒なことを言っている。CDは80分以上も録音できてしまうから、一枚の完成度が落ちてしまう。CD一枚聞かせるだけの曲がない。構成力がないからコンセプトアルバムが作れない。だから、やたらボーナストラックとかいって没になっていた音源が復活する。作る方も大変なら、聴く方も大変だ。私はレコード時代の46分あたりが、曲の構成なども含めて、一枚の物が聴ける限度じゃないかしら、と思っている。まぁ、それが身に着いているんだろうけれども。だからCDはBGM化、ベスト盤化してしまう。頭の中を素通りさすしか手がない。クロニクルとしては便利だったんだろうけれど、もうその地位も危ないというか、既にない。

 それとCDは扱いが粗雑になる。便利は粗雑を呼び込みやすい。粗雑な扱いは消費社会に歓迎されるから、音はますます消費されていく。消費されやすいように作られた音は忘れられていく。忘れられると、穴埋めする音が出てくる。

 多分、歳をとったせいもある。昔を懐かしむ時間も増えてきた。しかし、物とそれをあやつる動作というか行為は思考に密接な関係があるのであって、CDで育つ思考を手に入れるには遅いような気がする。頭も頑迷になり過ぎたし。レコード一枚一枚を大切に扱って過ごした青春の時期をありがたく思っている。CDの便利さはなかったけれど、物を取り扱う所作や対峙する思考は身に着いた。儀式とは言わないけれど、なにかするには頭のどこかの部分を使わなければならないから、頭と所作の関係が大切になってくる。その大切な部分が便利に取って代わられたような気がする。すべてがすべてこうとは言いませんが。よいものもあるでよ、確かに。
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Commented by BEATNIKS at 2006-09-07 11:15 x
"対峙する思考”これがすべてを現しているように思いました。でも私においては、CDになっても同じような扱いではあります。昔、7〜8万の給料貰って、その内3〜4万でレコード買ってましたね。なんと!
Commented by パンタタヌキチ at 2006-09-07 11:36 x
それに輸入盤高かった時代やし、ドイツ盤はさらに高値でした。そら、大切に扱うはずですわ.........えーっ、それで、ええ言うてたRichard Hellのソロのタイトル教えてくださいな......
Commented by BAETNIKS at 2006-09-07 14:00 x
”TIME ” です。すごくいいです。聴く度胸Q です。
by alglider | 2006-09-06 16:40 | 日々是口実 | Comments(3)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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