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あるのすさび

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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免罪符 + 短歌 

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20:49


 少し寝過ごした。

 今日は色々と溜っていた用事を片付けようと思っていたのだけれども、2時間ほどの予定で昼寝をしたら、夕方に目が覚めてしまった。まぁ、徹夜明けだから仕方ないか。買い物も散歩も書いた手紙をポストに入れるのも諦め、キーボードに向かっています。昼寝も良いことがあって、入眠間際のうとうと状態の中短歌が一首できました。


 昨日のえなんちょうまーさんのブログは[私は○○○(3文字)]というタイトルだったけれど、私も去年その歌詞を使っていたことを思い出した。
涙が出ないのはなぜ.......
 読み返してみると、ブログを始め出した頃だから、ブログのタイトル通り[アルコール依存症]のことをよく書いている。意気込みがあったからではなく、余裕がなかった、お酒断ち一年ちょいのころである。最近は日常報告のようなたわいのない日記のようなものだけれども、感じる日常そのまんまが[アルコール依存]というフィルターに漉されているわけだから、それでイイと思うし、論は今の私をダメにする気がする。


 ここんところ何日か書いてきた件の御仁は今日から6週間ほど入院することになった。三月一日メモリアルである。それがイイと思う。飲んでいるわけじゃないらしいけれど、まぁ、所謂、非難入院である。会社から一週間の休みをもらっていたらしいけれど、それは[諦めの許可]であるから、入院でもしなければ、[病気だった]という社会の通行手形がなければ、恰好悪くて会社には戻れない、と言っていた。奥さんからは「あなたは鬱でもなんでもない。ただの怠け病だ」と言われていたらしい。アル中の方にも「ただの怠け病」かも知れぬ、という心の揺れがあるから、この言葉はしんどい。鬱じゃなくても、とりあえず「心の落ち込みを圧してでも頑張ろうか」と思ってしまいがちなのだけれども、結局悪循環になることが経験上多いような気がする。


 私も、入院する時は、アル癲癇で倒れたわけでも、酔い果てて身体が動かなかったわけでもない。勤務中の飲酒が発覚して、社会生活に行き詰まって入院したのである。その時に諦めの気持ちが芽生えたと思うのだけれども、一方では、[入院するぐらいの病気だったんだ、許してね]という免罪符獲得の気持ちが動いていたのも事実である。件の御仁と一緒であるから、気持ちが良く分かる。断酒会の例会でも[入院するぐらいの病気だったんだ、許してね]という気持ちが働いていたと、懺悔するような体験談を何回かしたことがある。しかし、最近はしない。その[〜許してね]の逃げる気持ちは、卑怯とかいうそういう段階のものではなく(飲んでいる時は卑怯もヘッタクレもないのであるから)、やっと体面を気にしたお酒断ちの切っ掛けだったような気がするからだ。それを、真実切っ掛けにできるかどうかは、当然その後にかかってくるわけだけれども、そこで卑怯であろうがなかろうが逃げないで、その卑怯さに立ち向かっていたら玉砕していたと思う。


 うまくいかないことを、病気に還元する方が合理的で楽なことがあるからケース・バイ・ケースで選び、納得できるようになればいいと思う。が、私はどちらかと言うと、還元主義者ではない。アルコールを選択した自分の資質みたいなものにかかずらわっているし、していこうと思っている。それは、社会的体面を気にすることは、私にとっては回復だとは思うのだが、また思う一方で[体面がなんぼのもんじゃい]という破壊的な気持ちが、アルコールを除いても、確実に私の中に存在しているのを知っているからである。





sutanka 一首更新しました 


ベランダで Tシャツを干す晴天の弥生朔日白旗を上げ




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Commented by at 2007-03-01 21:35 x
そうそう、素朴な出来事は大事大事。
by alglider | 2007-03-01 08:43 | 回復過程 | Comments(1)