汚れちまってもいない悲しみ

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22:49

 徹夜勤務、帰宅、昼寝、そして朱の夕陽を見る


 父親は少年時代から草野球の投手であったらしい。運動の好きの遺伝子は兄にも私にも引き継がれず、二人ともお酒を飲むことだけを引き継いで、運動は全くダメである。父親は阪神タイガーズのファンだったから、私も応援するようになったのだけれども、そう熱心なファンでもない。父親もマスコミが取り上げるような熱狂的な阪神ファンではなかった。「勝ったらええのにな」程度だったので、私もその程度である。それと、若い頃、好きなアイドルの一人もいないと何だか恥ずかしいからわざわざ○○さんは可愛い、と吹聴するのと同じ感覚でプロ野球を見ていた。今もそのようなところがあって、ファンであることを示し続けなければならない苦労がある。


 父親は風呂上がりに、床にゴロンと寝そべってラジオで野球中継を聴いていた。テレビを見なかったということではなくて、何だか、そのラジオを聴いている父の側に私がいて、そのことをよく覚えているのである。だからというのだろうか、私は野球中継はテレビではなくてラジオで聴くのが好きだ。正確にいえば、ラジオを聴くことによって、父とそうしていたことを懐かしむというか、その時の雰囲気や幼かった頃の自分の頼り無さや大人への憧れのようなものが自分の回りに漂っている錯覚に浸っているのである。


 そのようなことを思っていると、私には他人の癖を真似るところがある、と思い至った。こういう時、あの人だったら、こういう身振り手振りをするだろう、と実際にやってみたりする。あの人なら、ここはこう大袈裟に頷くだろうと、首を立てに降ってみる。そうやって何だか想像の中で少し懐かしいような甘酸っぱいためらいの中にいるのが好きなのかも知れない。そんなこんなが、いっとき自分自身の癖になる。しかし、生来のものではないから、その癖は過ぎ去っていく。


 で、自分本来の癖は何かというと自分では分からない。私が他人を真似るように人は真似はしないかもしれないが、他人からの視線の中にそれはあって、それが評価というかもう一人の自分であって、こう思っている私と、そう思われている私がある。


 母親が亡くなったときに私は泣かなかった。涙は出なかった。いくら、泣く時だと言い聞かせても、いくら悲しい時に泣く人を真似ようと思っても、泣けなかった。泣いていない自分は一つの他人からの評価を得るのだろうが、泣けなかった私は泣けなかった私で、そこではアイドルの名を吹聴するようにように、阪神ファンを語るようには泣けなかったということだ。寄り添う何ものも、真似るものもなかったのだ。


 悲しみには文化背景があるのだろうけれど、悲しむことには文化や様式が必要なのだろうか。他人を真似るように悲しむこともできるのだろうが、おうおうに悲しみそのもになってしまう私は、私の悲しみが分からずまだ上手く表わされないでいる。



あらかじめ奪われしものいとほしくまた来む春へ冬の野を焼く






只今のながらCD

ALINA/ARVO PART
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Commented by おぽんち at 2007-05-02 19:19 x
南国?と思うような写真。
明るい感じがめずらしいですね(^^)。
ゴムの木ですか。
Commented by ヨーコ at 2007-05-02 20:45 x
木の葉の間から 射し込む木漏れ日がいいですね♪
本当に暖かくなりました・・・
Commented by alglider at 2007-05-02 20:45
おぽんちさんへ
これは白木蓮の葉です。今年は木蓮の花が気に入ってずっと追っかけるように眺めていたのですが、続いて、葉の萌え出す頃も、なかなか一枚一枚がおだやかで心地よいことに気付きました。花も上を目指して咲きますが、葉も最初は上を向いています。ちょっと間の抜けた扇のような形が気に入っています。微妙な厚みを色合いに感じます。
明るい感じねぇ........嫌いではない、消極的賛同......w
パンタタ
Commented by alglider at 2007-05-02 20:50
ヨーコさんへ
横浜は暖かいですか、じゃぁ、私の娘さんも暖かく暮らしておるこということですな。こちらは時々降る雨と風のややきつい日でしたが、夕方は夕陽が朱色に染まり、しばし見とれていました。惑星に住んでいることを確認すること数分、綺麗でした。
パンタタ
Commented by おぽんち at 2007-05-02 22:32 x
>これは白木蓮の葉

そうなんですか。木蓮の葉っぱに注目したことがありませんでした。
ちょっとのん気な感じがする形ですね(^^)。
パンタタさんのお眼鏡にかなった葉っぱなんですね。
Commented by alglider at 2007-05-02 22:59
おぽんちさんへ
はい。老眼鏡にかないました。
パンタタ
Commented by 高人 at 2007-05-02 23:27 x
25年前に私も父を亡くしたのですが、やはり泣けませんでした。
私の場合は、それ以前にどこかで繋がりが切れている感じがあったせいもあるのですが、その後半年ほど経ってから、風呂に入っているとき、不意に子供の時の情景が思い出され、悲しいという感情が湧いてきたのを覚えています。

本当の感情の在り処は、その時になってみないと、自分でも分からないものだと思います。

時に、自分でも思いがけず腹の底から号泣したりすることもありましたが、その根っこは普段は自覚できないもののようです。
Commented by ほん at 2007-05-03 06:32 x
泣く、というのは中国では供養なんですね。葬式で号泣します。あれ、だからわざと。
日本では、菅原道真がよく詩の中で泣いていましたが、あれは、呪術的側面があったらしい。
泣くことって、なんかそういう神とかかわるものがあるんじゃないですか? って、なんでこんなまじめなはなしになってるんだろ。
わたしの日記のところとの温度がちがうなぁ・・・
Commented by alglider at 2007-05-03 08:33
高人さんへ
感情の所在というのはホント分かりませんね。だから[形]が必要なのかも知れません。娘さんが6歳ぐらいの時の冬、何故か急に思い立って二人で嵐山へ出掛けました。その時、途中から雪が降ってきて、そして楽焼きの窯で絵付けをして、雪の薄く積もった仏野念仏寺に行って........で、その娘さんが絵付けをした皿を見るとなんだかとても悲しくなるんですね。懐かしいんではないんです。とても悲しくなる........自分でも分からないですね、これは.......はぁ、娘さんは元気で暮らしておるというのに......
パンタタ
Commented by alglider at 2007-05-03 08:41
ほんさん
中国の[泣き女]ですよね。韓国にもあったんじゃないかなぁ、その風習が.......というか職業としてあったということだったかなぁ....
何か[泣き女]の漢字を知っていて好きだったはずなのに思い出せません。激しく泣いているとトランス状態に入りますもんね、神がかりの状態になることも想像できます。職業として成り立つ時代、そういう時代がいいですね、私ゃ生きていくのにそういうのが好いです。
パンタタ
Commented by おぽんち at 2007-05-03 11:59 x
韓国にもありますね。「泣き女」。お題を頂戴するとぱっと笑顔で帰っていく。
私も泣かなかったですね。父が亡くなったとき。
すがりついて泣いている親戚を見てますます泣けなかったです。
ずっと後になって、お風呂に入っているとき、ひとりでじみに泣きましたけれども…。
Commented by おぽんち at 2007-05-03 11:59 x
お題じゃないでした。お代です。はは(^^;)
by alglider | 2007-05-02 18:06 | 回復過程 | Comments(12)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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