エチカ雑記

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11:48

 「エチカ」というのは、

 くもさんがコメントをくれたようにスピノザの著書。で、何故、福島泰樹さんが自分の歌集に「エチカ・一九六九年以降」という名を冠したのか、読んだことがあったけれど、忘れてしまっていたので、えんやこらと腰を労わりながら歌集を引っ張り出して、その箇所探してみました。あとがきに「エチカ覚書」があります。


 「エチカ覚書」後半抜粋

 歌は志であり、道であろう。更に私はエチカという一語を付け加える。おのが生きざまを抒情したいというやみがたい衝動を、伝統詩短歌に求めた私に、エチカという言葉こそふさわしいのではなかろうかとおもう所以である。いずれにしても自らを厳しく律してゆかなければなるまい。倫理学(エチカ)として私は歌を選んだのだ。ふかぶかとおのれの根に降りたち、そこぶかく情念の火を揺さぶりつづけなければなるまい。
 想えば『倫理学(エチカ)』一巻を著した叛逆の哲人スピノザが、首都アムステルダムを追放され、その後ライデン市郊外の寒村に移り住んだのは、一六六〇年、スピノザ二十八歳のときであった。哲学でパンは焼けず、以降レンズの球を磨きながら彼は、国家や教会からの束縛を越えた、自然と神の結合たる汎神論を思索したのであろう。
 一九七一年、わが乏しき二十八歳の盛夏、浄らかな水を汲み、レンズの球ならぬ珈琲の豆を挽きつつひとり宴す。おのが歌、おのがエチカを建てることの難艱なることを痛感する。
 首都東京を離れる意を決し、愛鷹山山嶺の村落の一人となったのは七〇年晩秋十一月霧雨煙る日のことであった。自家製の野菜は未だ育たぬ。
蝉しぐれの陽盛りの庭を黒い蝶が飛ぶ。
一九七一年八月 柳沢山草庵にて



 と、あります。とっても、福島泰樹さんらしいです。以前、絶叫ライブを見に行きましたが、時代が変わっても、福島さんのこの姿勢は変わらないです。



エチカから一首

切 口 を さ ら す 刺 身 に 箸 刺 せ ば ど っ と あ ふ れ る 涙 誰 が た め  福島泰樹






只今のながらCD

FAITH / THE CURE
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Commented by くも at 2007-11-24 13:53 x
「切り口」の歌、いいですね。

いろいろ教わりました。
Commented by パンタタ at 2007-11-24 17:43 x
くもさんへ
この「エチカ覚書」の前半は、福島さんが東京を去ることになる、経緯みたいなものが書かれています。
砂子屋書房から、かつてレコードで「曇天」という福島さんのライブが出ているのですが、そこでの「切り口」の歌は、哀愁があってとてもいいです。福島さんではなくて、ライブパートナーだった龍さんが歌っていますが。
Commented by くも at 2007-11-24 23:44 x
切り口をさらす刺身

というの、すごい表現ですよ。
脱帽!
by alglider | 2007-11-23 11:11 | 日々是口実 | Comments(3)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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