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あるのすさび

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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短歌

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こ の 夜 に 帰 る 列 車 よ わ が 胸 を 過 ぎ 行 か ざ れ ば 挽 歌 か な わ ず
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Commented by くも at 2008-05-20 04:35 x
なんかひさしぶりの短歌ではないですか。

二句切れってわたしもよくやりますが、歯切れがよくなりますね。
たしか、万葉集に多かった、ですよね。

こういう歌の「むつかしさ」は、「過ぎていない」という「因」と、
「挽歌かなわず」という「果」。因果関係がどちらも否定形だと
いうところだとおもいます。
因果関係の要素がどちらも否定形のばあい、それは
とうぜん実現されていないのですから、
読者には、伝わりにくい部分も多少残ります。
だから、むかしの歌人は、こういうばあい、
反実仮想の表現にしました。
「胸を過ぎていれば挽歌を歌えたのに」というぐあい。

そういう意味では、この歌には、
伝統的なうたいぶりからの脱却がある、のかもしれませんね。
Commented by テテテキ at 2008-05-20 11:09 x
うむ。福島さんばりの挽歌・・・・。
昨日福島さんの歌集読んでたらさ、小見出しにクリムゾンの曲のタイトル使ってやがんの。
「暗黒」、「レッド」、「エピタフ」、「ムーンチャイルド」だってさ。
パンタタさんはしってただろうけど。
あの人、後半は「ダジャレ、オヤジギャグ」が多いね。
ちょっとやだ。
Commented by パンタタ at 2008-05-20 22:10 x
くもさんへ
勉強になりました。というのは、

>だから、むかしの歌人は、こういうばあい、
反実仮想の表現にしました。
「胸を過ぎていれば挽歌を歌えたのに」というぐあい。

そうそう、こういう「~していれば、~していたのになあ」
というのを、昔、古典の授業なんかで習いました。
そうだった、と思いましたが、
私の中にはその詠嘆が「ない」、それが分かったんです。
否定になにか情感を求めているのかもしれません。
脱却というのは、思ってもみなかったので、大げさかな。


Commented by パンタタ at 2008-05-20 22:14 x
テテテキさんへ
クリムゾンの小見出しを使っているのは、歌集「夕暮れ」ですね。
好きな歌集です。私はダジャレ好きですよ。

革命のかくかく飛車取りすいか売り誰何するのに返事をせぬか

文字づかいは今確かめていないけれど、これなんか好きです。
やはり福島さんは塚本さんと違い、ダジャレの良し悪しは別にして、
一気に最後まで読ませるリズムと流れが特徴というか魅力です。
Commented by パンタタ at 2008-05-20 23:05 x
くもさんへ追伸
>なんかひさしぶりの短歌ではないですか。

とありますが、ときどきアップしてたんですが。
お目に止まるほどのものでもなかった?
(-"-;)
by alglider | 2008-05-20 00:09 | 短歌 | Comments(5)