遅れてて..... + 短歌

f0100480_19245368.jpg


23:13

 月光の会


 の結社誌、歌誌「月光」の発行が遅れていて十月中、また雑誌の方も遅れていて季刊「月光」は年内にはという連絡を受けた。雑誌は出版社の事情によるとか。楽しみに待っていたのだが、ま、ゆっくりして、こっちはこっちで歌を作り続けていよう。何せ、福島泰樹さんのメールは「書き貫きましょう!」という勢いだもの。ちょっと、のけぞってしまう私ですが、マイペースで。


 ペースが乱れると、不安症が出るし、再飲酒につながりかねない。それでは、なんのために短歌を始めたのか分からない。本末転倒こそアル中の真骨頂であるから、それは避けなければならないのである。ここんところはダブルバインド、トリプルバインド、いやもっとかなあ、ま、そんな中にアル中は存在しているから難儀でありまするるるるる………






立 ち 枯 れ の 紫 陽 花 の 色 わ が 胸 の 矜 持 と な し て 挽 歌 贈 ら む




たちがれのあじさいのいろわがむねのきょうじとなしてばんかおくらん







只今のながらCD

ONE LIVE BADGER / BADGER
[PR]
Commented by くも at 2008-09-24 23:27 x
ダブルバインド、ベイトソンですね。


下の句が重いですね。これも確信犯ですね。「矜持」という語は、
歌語にはならないとおもってしましたが・・・
Commented by パンタタ at 2008-09-24 23:53 x
くもさんへ
そ、ベイトソン、なんでもよくご存じで。

「矜持」ね。歌語になるとか、ならないとか、
そんなことを知らなくて作ってますんで、
知らないということは強いです。
下の句、重いといえば重いのですが、
自分の心のバランスのために言葉を選ぶところがありますから、
歌のバランスが悪くなる.....とほほ、です。
でも、くもさんが書いていたように、
何をどうしたらいけない、てなことはないのですよね。
ま、それやから余計に難しいんでしょうが。
Commented by くも at 2008-09-25 01:10 x
だれが決めたかしらない不文律なんですね。

もっと自由でいい、そうおもうけど、
「定型」というフレームワークから抜け出せないんです。

それをぬけだす、あたらしい風がかならず必要となるはずと
おもいます。

短歌という1700年も生き続ける、気味悪い生き物の要請として。
Commented by パンタタ at 2008-09-25 23:15 x
くもさんへ
不文律ですか......
「そののち歌会」での講評も拝見しましたが、
私は別に確信犯ではありませんが、
あまり、その不文律を守れそうにありません。
歌からの要請より、私からの要請がまだ強く、
それを形にしている段階で、
そういった意味では短歌ではないかもしれません。
先のことは分かりませんが、今は、自分の要請という
暗部を潜り抜けなければなりません。
特に今を歌う、というのはもっともっと先でないと、できそうではありません。
私は懐かしさと悲しさ、ずっと過去にかかずらわっています。
Commented by くも at 2008-09-27 00:18 x
じゅうぶん短歌ではありませんか。

生意気なことをわたしは申し上げているんでしょうか。

きっとそうなんでしょう、すみません。。。。
Commented by パンタタ at 2008-09-27 00:58 x
くもさんへ
>生意気なことをわたしは申し上げているんでしょうか。
>きっとそうなんでしょう、すみません。。。。

いや、そうじゃないんです。不文律とかを真面目に学ぼうとする、
境地まで私がいってないだけの話、というか.......
他の人の歌や講評、感想を読んでいると、
みなさん真面目で謙虚だなあって、
私は、そうはなれないなあ、って少し暗~い気持になるんですよ。
謙虚ならば、指針みたいなものが見えるじゃないですか、
私は、それをまだ持てずに困ってるんです。
Commented by くも at 2008-09-27 06:47 x
わたしは、講評をのべるときは、
まじめよりはいい加減、
謙虚よりは横柄な気がします。

謙虚であっても「指針みたいなもの」は見えないんじゃないですか?

で、また「指針」なんて不要だって本能的にパンタタさんは
確信してるんじゃあないでしょうか?

わたしは、パンタタさんの文章を拝読して、
そうかんじます。
Commented by パンタタ at 2008-09-27 10:26 x
くもさんへ
ありがとうございます。

>謙虚であっても「指針みたいなもの」は見えないんじゃないですか?

見えないかもしれませんが、謙虚なら、一度は寄り添ってみることができるじゃないですか。それでやってみようかって。その気持ちが湧いてこない。私って不真面目かもしれんと思ってしまうんですね。絵画教室に行って、先生の言うことを全然聞かないみたいなもんでね。まあ、教室に行ってるわけではないけれど、くもさんが書いてられたような不文律=基本みたいなものを知っても、じゃ、それでやってみよう、と気持ちが動かない。困ったときに思い出すけれど。




Commented by パンタタ at 2008-09-27 10:27 x
くもさんへパート2

>また「指針」なんて不要だって本能的にパンタタさんは
>確信してるんじゃあないでしょうか?

で、気持ちが動かないくせに、指摘されると、ああ、やっぱり見当違いのことをやってるんだなあ、と不安になりますんで。傲慢不遜です。「本能的に確信」というより、素直じゃないというか、なれないんですね。譲れないということでもないんですよ。譲るのは簡単だし、アル中は心のバランスが必要なんで卑屈なぐらい譲る場合もあります。それがリハビリなんでね。でも、自分なりの着地の仕方をしたい。だから、指摘とか不文律とか基本とかは、自分の中で醗酵して、ええ感じになるまで時間がかかっても仕方ないなあと。泳ぎだしてみたものの、どこを泳いでいるか分からない、っていうのは不安で、やはり何らかの指針、反面指針(こんな言葉はないけど)でも要るとは思うんです。だから、くもさんの書き込みには、いつも感謝しているんです、私は。ほんまでっせ。

文章が長すぎて一回では入りませんでした。
by alglider | 2008-09-24 19:24 | 短歌 | Comments(9)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
プロフィールを見る
画像一覧