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あるのすさび

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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懐かしい思いで話がメールで

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23:52

 舞台の


 照明デザイナーになった大学の後輩 O 君から久しぶりにメールが届いた。舞踏家の室伏鴻さんの公演が、明日、滋賀県の栗東であるので打ち合わせかな(?)、とにかく「会いましたよ」という連絡だった。


 室伏鴻さんは、麿赤児さん率いる大駱駝艦の一員で、今はソロだが、昔「背火」という舞踏集団を福井県の山奥で主宰していた人だ。私が学生時代、学園祭に今では超有名になった天児牛大さん率いる「山海塾」を学園祭に呼んだことがあって、大駱駝艦に縁ができ、室伏さんとも縁ができたのだった。そのころ大駱駝艦は幾つもの集団に分かれていて、大駱駝艦の本公演になると、みんなが集まってくるという状況だった。


 東京には天児牛大さんの「山海塾」、「ダンス・ラブ・マシーン」、カルロッタ池田さんやミゼール花岡さんたちが率いる女性だけの「アリアドーネの会」、関西では大須賀さんの「白虎社」、そして福井に「背火」があった。山海塾の縁で、背火の福井公演(山奥の自分たちの稽古場、というか道場みたいな場所。でも当時は全国から人々が集まって満員になったものだ)の舞台造りを手伝いに出かけた。ちょうど学生は夏休みだったのである。


 んで、着くといきなり室伏さんが、村の青年団に頼んでいた群舞のメンバーが逃げ出したので、今から稽古して出演してくれと言われてしまった。そこに運悪く O 君も居合わせて踊ることになったのだった。私が群舞のリーダー役で、その日から能の足さばきなどをやって、翌日は足腰が立たない状態なのだが、練習するうちに動くようになるから不思議だった。


 “ツン”という、ストリップ用のTバックのふんどしのようなもの一つを身につけ、体中にうどん粉を水で練ったものを塗りつける。舞踏家の人はたいがい頭を剃って眉も剃っている。そういう人たちが福井の山奥の大きな民家を改造して稽古場や公演会場にしたのだから、最初から住んでいた村の人々が受け入れるまでは随分と時間がかかったようだ。背火は解散してもうないが、今、その村にはいっとき世間を騒がした、うどん粉の白ならぬ、白装束のカルト集団パナウェーヴが住み着いているらしい。村人いわく「舞踏家の方がよかった」。それが今日届いたメールのオチである。


 私は、その舞台に上がるときに髪は剃らなかったが、眉は剃った。家に帰るとまん悪いことに、伯母(戸籍上は祖母)が亡くなり、母に「眉のない子は葬式に出されへん」と言われてしまって、私は葬式には出られずじまい。これが、私のオチである。








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Commented by at 2008-12-12 07:25 x
パンタタさんの眉毛のない舞踏、見たいやうな、見たくないやうな・・・

眉墨で書けば、お葬式に出られたかも・・・
Commented by パンタタ at 2008-12-12 20:10 x
文さんへ
そのころはもっと痩せていて、舞踏型の体形だったんですよ。
眉がないときは生えるまで、ずっとサングラスしてましたが、
すぐばれていました。
眉墨、ん、それもおかしいでしょう、やっぱり。
by alglider | 2008-12-11 21:05 | 短歌 | Comments(2)