カテゴリ:回復過程( 51 )

昼寝

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23:20

 休みの日は


 ときどき昼寝をする。そして、ときどきよりやや多い確率で嫌な夢を見る。否、嫌な夢というのも正確ではない。寝ていること自体に罪悪感を感じて、はっと目を覚ますのだ。決まって喉が渇いている。


 お酒を飲み続けていた日々は、昼も夜もないが、たいがいは昼夜が逆転する場合が多い。酒をあおって飲み疲れて、重い濡れ雑巾のように昼に寝ていたことが、今、罪悪感となって残っていて身体反応を示す。


 昼寝をする、イコール酒で寝ている、と今でも頭と体が反応する。


 そして、今日中に寝ること。










只今のながらCD

PARIS CONCERT / KEITH JARRETT
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by alglider | 2009-03-14 18:45 | 回復過程 | Comments(2)

再入院夢

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23:27

 熱い珈琲を飲んでいる。


 日曜の朝、飲酒夢ならぬ再入院をしている夢を見た。それも、主治医から特別の施設に強制転院させられた内容だった。


 よく思い出せないが、広い広いホールが中央にあって、両側に乳白色の大理石の階段が二つ備えられている。私は、その階段を座禅したまま宙に浮いて移動する。事の成り行きを知るため、友達に電話をかけるが、携帯のボタンがうまく押せない。そこに、以前見た携帯電話を何台も買い替えた夢が、夢の中にオーバーラップしてくる。夢の中で以前の夢を思い出すなんて、うう、ややこしい。


 飲酒をしていないのだから、入院することはないと、友達と話しているのだが、事情が明らかになっていくと、私は急に狂ったように、突然、何の予兆もなしに、バケツで水浴びするかのように、お酒を飲み始めたと彼は言うのだった。


 休みの日の夢でよかった。一日気が重かった。





只今のながらCD

THE SMITH
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by alglider | 2008-03-17 19:11 | 回復過程 | Comments(4)

汚れちまってもいない悲しみ

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22:49

 徹夜勤務、帰宅、昼寝、そして朱の夕陽を見る


 父親は少年時代から草野球の投手であったらしい。運動の好きの遺伝子は兄にも私にも引き継がれず、二人ともお酒を飲むことだけを引き継いで、運動は全くダメである。父親は阪神タイガーズのファンだったから、私も応援するようになったのだけれども、そう熱心なファンでもない。父親もマスコミが取り上げるような熱狂的な阪神ファンではなかった。「勝ったらええのにな」程度だったので、私もその程度である。それと、若い頃、好きなアイドルの一人もいないと何だか恥ずかしいからわざわざ○○さんは可愛い、と吹聴するのと同じ感覚でプロ野球を見ていた。今もそのようなところがあって、ファンであることを示し続けなければならない苦労がある。


 父親は風呂上がりに、床にゴロンと寝そべってラジオで野球中継を聴いていた。テレビを見なかったということではなくて、何だか、そのラジオを聴いている父の側に私がいて、そのことをよく覚えているのである。だからというのだろうか、私は野球中継はテレビではなくてラジオで聴くのが好きだ。正確にいえば、ラジオを聴くことによって、父とそうしていたことを懐かしむというか、その時の雰囲気や幼かった頃の自分の頼り無さや大人への憧れのようなものが自分の回りに漂っている錯覚に浸っているのである。


 そのようなことを思っていると、私には他人の癖を真似るところがある、と思い至った。こういう時、あの人だったら、こういう身振り手振りをするだろう、と実際にやってみたりする。あの人なら、ここはこう大袈裟に頷くだろうと、首を立てに降ってみる。そうやって何だか想像の中で少し懐かしいような甘酸っぱいためらいの中にいるのが好きなのかも知れない。そんなこんなが、いっとき自分自身の癖になる。しかし、生来のものではないから、その癖は過ぎ去っていく。


 で、自分本来の癖は何かというと自分では分からない。私が他人を真似るように人は真似はしないかもしれないが、他人からの視線の中にそれはあって、それが評価というかもう一人の自分であって、こう思っている私と、そう思われている私がある。


 母親が亡くなったときに私は泣かなかった。涙は出なかった。いくら、泣く時だと言い聞かせても、いくら悲しい時に泣く人を真似ようと思っても、泣けなかった。泣いていない自分は一つの他人からの評価を得るのだろうが、泣けなかった私は泣けなかった私で、そこではアイドルの名を吹聴するようにように、阪神ファンを語るようには泣けなかったということだ。寄り添う何ものも、真似るものもなかったのだ。


 悲しみには文化背景があるのだろうけれど、悲しむことには文化や様式が必要なのだろうか。他人を真似るように悲しむこともできるのだろうが、おうおうに悲しみそのもになってしまう私は、私の悲しみが分からずまだ上手く表わされないでいる。



あらかじめ奪われしものいとほしくまた来む春へ冬の野を焼く






只今のながらCD

ALINA/ARVO PART
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by alglider | 2007-05-02 18:06 | 回復過程 | Comments(12)

黒伝も切る

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11:06

 9時に起床。6時間程の睡眠。

 今日はマイ断酒会の昼例会 + 本部例会、で徹夜勤とプチ忙しい。

 私は本屋に勤めていたことがあって、年に2回、棚卸しというものがある。在庫を数えて、定価を掛けたものと原価を掛けたものと二種類作る。仕入れ - 売り上げ = 在庫となるのだけれども、当然のごとくきっちりとは合わない。何%だったか、忘れたが誤差が会計上許されている。許されない結果が出たら、商品が動かないうちに再棚卸しをする。


 その際、不良在庫などは会計上処分する。赤伝票を切る。ひょんな所からプラスの場合も生じる、これは黒伝を切る。つまり帳じりを合わせる。これで、何とか体裁を保つ。


 で、棚卸しなのだが、AA などで自分の過去の「棚卸し」という言葉が使われる。断酒会では「過去の過ちを素直に認めます」になるのだろうが、AA のようにノートに書き出してみる、とか言う人はいない。それは個個人のレベル、恣意的な問題であるようだ。友人のAA の人と話していて思ったのだが、その人は自分の悪い所ばかり見ようとして辛くなり「棚卸し」を避けているように思えた。不良在庫ばかりを探すのではない、と思うのだが、その人は自分の過去の欠点のみを探すから、そらぁ、しんどい。アル中の中には、自分の長所や過去の良かった所を客観的に評価することができずにいる人も多い。


 それほど欠点だらけの自分であるなら、とっくに社会から抹殺されていたと思うのだけれども、逆説だが、自分の欠点に縋りたい人がいるようで、それが負の力を生むこともあるが、棚卸しとしては不手際である。良い所を評価してゆく必要や余裕がない時期があるとしても、ゆくゆくは良・不良の両方を見つめてやらないと、アル中の一番の特徴「自分を慈しまない」という壁を乗り越えていく力は得られないと思うのだけれども。そう伝えても、その人は自分の過ちに泥濘している。もっと辛くなるまで時期を待つしかないのだろうか。




只今のながらCD

FRAMPTON COMES ALIVE ! /PETER FRAMPTON
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by alglider | 2007-04-07 01:25 | 回復過程 | Comments(17)

春告鳥

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17:24

 すっかり春ですよ、今日なんて。

 なんて、呑気な出足だけれども、最近、朝起きるのが辛いときがある。身体が動かないのではない、ダルイわけでもでもない。鬱ではないと思うのだけれども、不安なのである。どう不安かと言えば、起きると世界(回り)が、私に対して敵意を持っているように変わっているのではないかと恐怖するのである。世界が悪意に変化しているのを怖がっているのではなくて、ホンマ、自己中で[私に対して敵意を持っている]ような予感がして、なかなか起きるのが辛いのである。夢見が悪い時もあるけれども、それとはあまり関連性は認められない。もともと不安症の持病持ちだけれども、これまでは入眠時によく発症していたのだけれども、ここのところ、朝、起きる時も、である。安寧の場所は夢の中だけかしら......たはっ


 多分、このことは、お酒を飲み続けて、これまで自分が獲得してきた、知恵や方法が通用しない不安からきている、と、思う。世の中、自分の思考、行動原理とは別の物で動いている、という不安だ。確かにそういうこともあるから始末が悪い。ずっとお酒を飲み続けた故の小児症ともいえる。


 で、そんなことを言っていても仕方がないので、天気も佳さそうだから、えいっ、起き出して、観葉植物たちをベランダに出し、日光浴をさせる。その時、春告鳥、鶯の声を聴いた。裏山を渡る今年の初鶯である。陽気も佳く、ほんに春である。


 んで、散歩と買い物にでかけた。途中で、郵便局から娘さんに30万円を振り込む。去年の5月から始めた初老フリーターの給料を少しづつ貯金してきたのである。娘さんの就職祝いと言えば恰好が良いけれど、借金もあったしね、娘さんに........とほほ。でも、目標額を達成したから良しとする。晩ご飯は春雨と茄の炒め物にすることに..........


 写真は昨日歩いた街で見かけたもの。ビル建設の工事を囲むフェンスに書かれていたものである。大阪の「船場言葉」が幾つも書かれてあった。工事中のフェンスには動物園や植物の絵が描かれていたり、明け透けに工事中の文字だけであったりするけれど、これは面白かった。大阪やなぁ、と思って現場を一周した。出かける、行ってきます、の意味の船場言葉「いてさんじます」を発見して心が何だか軽くなった。いいなぁ、「いてさんじます」これから使おうっ!


 では、観葉植物を取り入れに、いてさんじます。




只今のながらCD

feels like home/NORAH JONES
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by alglider | 2007-03-26 12:16 | 回復過程 | Comments(3)

飲酒夢

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15:37

 正午に目が醒める。

 昨夜から気分の落ち込みがあって、今日一日はずっと寝て過ごそうと思っていたのだけれども、正午に目が醒めた。昼ご飯を採って、ケーブルでぼーっと対楽天の阪神オープン戦を見るものの気が乗らず途中で放棄。薬を飲む。


 昨夜、入院が少しだけ重なっていた女性の友人からメールがあった。彼女の回りのアル中が軒並み再飲酒、ODしているとのことで、巻き込まれないようかかわらない方がいいとの返事をする。彼女は頭で分かっていても世話を焼くタイプだから、無視することは自責の念に通じるところがある。お酒を断っていても生来の性格はなかなか現実に合うようには変わっていってはくれない。その時に、私の近況も尋ねられたから、不安症が持病化していることと、お酒のことは頭になく、断酒会に行く時ぐらいにしか[あぁ、私はアル中だった]と思い起こすぐらいです、と返事した。


 そう返事したことがいけなかったらしく、昨夜は飲酒夢を見た。お酒のことは忘れていたなぁ、と思い起こすことでお酒への思いが夢の中に現れたみたいで、どうもメタレベルで因果である。


 で、夢の中にはよく通っていたロックバーのマスターやら見知った顔が登場してきた。また、なんやら訳の分からぬ雑誌の編集にかかずらわっている。喫茶店のような編集会議室を抜け出して自販機にビールを買いに行くのだが、私より先にAAのT 君が買おうとしている。自分のことは棚に上げて注意すると、T 君はぽーんと100円玉を自販機の方へ放り投げた。母方の伯母さん(戸籍上は私の祖母になる)が亡くなってから初めて夢に出てきた。生きていた時と同じように細々と口煩く私に小言を言う。私はその伯母の目を盗んでビールを飲む算段をする......... さて、その飲酒夢の中で私がビールを飲んだものか飲んでいないものか、記憶にない。ただ、買いに行ったことは覚えている。T 君を注意したおかげで飲まなかったのかもしれない。


 で、目が醒めて、気分がすぐれないのである。気晴らしに散歩に出かけようとも思ったが、薄寒いのと、何だか夢のせいで自販機に足が向いてしまうような気がして、陰々滅々である。しかし、これを更新してしまったら、散歩に出かけようかとも考えている。感情の揺れが支配しているから、その波を制御しながらだと、自分の意志というものはなかなか決定力を持たないでいる。 



只今のながらFM

曲名は分からぬが、何か壮大なシベリウスが流れている.........





                                                                       
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by alglider | 2007-03-08 11:55 | 回復過程 | Comments(2)

免罪符 + 短歌 

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20:49


 少し寝過ごした。

 今日は色々と溜っていた用事を片付けようと思っていたのだけれども、2時間ほどの予定で昼寝をしたら、夕方に目が覚めてしまった。まぁ、徹夜明けだから仕方ないか。買い物も散歩も書いた手紙をポストに入れるのも諦め、キーボードに向かっています。昼寝も良いことがあって、入眠間際のうとうと状態の中短歌が一首できました。


 昨日のえなんちょうまーさんのブログは[私は○○○(3文字)]というタイトルだったけれど、私も去年その歌詞を使っていたことを思い出した。
涙が出ないのはなぜ.......
 読み返してみると、ブログを始め出した頃だから、ブログのタイトル通り[アルコール依存症]のことをよく書いている。意気込みがあったからではなく、余裕がなかった、お酒断ち一年ちょいのころである。最近は日常報告のようなたわいのない日記のようなものだけれども、感じる日常そのまんまが[アルコール依存]というフィルターに漉されているわけだから、それでイイと思うし、論は今の私をダメにする気がする。


 ここんところ何日か書いてきた件の御仁は今日から6週間ほど入院することになった。三月一日メモリアルである。それがイイと思う。飲んでいるわけじゃないらしいけれど、まぁ、所謂、非難入院である。会社から一週間の休みをもらっていたらしいけれど、それは[諦めの許可]であるから、入院でもしなければ、[病気だった]という社会の通行手形がなければ、恰好悪くて会社には戻れない、と言っていた。奥さんからは「あなたは鬱でもなんでもない。ただの怠け病だ」と言われていたらしい。アル中の方にも「ただの怠け病」かも知れぬ、という心の揺れがあるから、この言葉はしんどい。鬱じゃなくても、とりあえず「心の落ち込みを圧してでも頑張ろうか」と思ってしまいがちなのだけれども、結局悪循環になることが経験上多いような気がする。


 私も、入院する時は、アル癲癇で倒れたわけでも、酔い果てて身体が動かなかったわけでもない。勤務中の飲酒が発覚して、社会生活に行き詰まって入院したのである。その時に諦めの気持ちが芽生えたと思うのだけれども、一方では、[入院するぐらいの病気だったんだ、許してね]という免罪符獲得の気持ちが動いていたのも事実である。件の御仁と一緒であるから、気持ちが良く分かる。断酒会の例会でも[入院するぐらいの病気だったんだ、許してね]という気持ちが働いていたと、懺悔するような体験談を何回かしたことがある。しかし、最近はしない。その[〜許してね]の逃げる気持ちは、卑怯とかいうそういう段階のものではなく(飲んでいる時は卑怯もヘッタクレもないのであるから)、やっと体面を気にしたお酒断ちの切っ掛けだったような気がするからだ。それを、真実切っ掛けにできるかどうかは、当然その後にかかってくるわけだけれども、そこで卑怯であろうがなかろうが逃げないで、その卑怯さに立ち向かっていたら玉砕していたと思う。


 うまくいかないことを、病気に還元する方が合理的で楽なことがあるからケース・バイ・ケースで選び、納得できるようになればいいと思う。が、私はどちらかと言うと、還元主義者ではない。アルコールを選択した自分の資質みたいなものにかかずらわっているし、していこうと思っている。それは、社会的体面を気にすることは、私にとっては回復だとは思うのだが、また思う一方で[体面がなんぼのもんじゃい]という破壊的な気持ちが、アルコールを除いても、確実に私の中に存在しているのを知っているからである。





sutanka 一首更新しました 


ベランダで Tシャツを干す晴天の弥生朔日白旗を上げ




只今のながらCD

THE COCKNEY REBEL A STEVE HARLEY ANTHOLOGY DISC 1
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by alglider | 2007-03-01 08:43 | 回復過程 | Comments(1)

必要とされていない

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19:31

 三寒四温ですね。

 仕事から帰ってきて2時間ほど寝て、初恋の人へ手紙を書いて郵便局回りで買い物へ。すでに紅梅はこぼれ始め、白梅が咲いている。郵便局への近道、府営公団の公園にはもう菜の花も咲いていて蜜蜂がホバリングしていた。今日はすっかり春の陽気、Tシャツでの散歩である。

 で、悩み多き人たち二人から携帯に電話をもらった。一人はK子さんで、火事騒ぎの後の鬱が心配だったのだけれども、現在鬱でもなく躁でもなく、何となく身体が動かない状態だという。それだけで良しとせななぁ、何てことを話しながらの定期連絡である。私は元々音楽をかけっぱなしのながら族なのだが、不安症が持病化した今となっては、音楽がこんなにありがたいと思ったことはない。言葉・論理ではないから感情を直接癒してくれる。FMなどをかけっぱなしにしていると、ふと耳に届く知らない音楽の旋律に安らぐ時があるのである。で、K子さんにもゴロンとベッドにしているのならFMでも流していた方がええよ、なんて言ってみると、ほんなら、今からスイッチを入れるわ、ということで携帯の電源を切った。
 

 で、もう一人は、私より三つほど年上の断酒会員の男性である。娘さんが私の娘さんと同い歳なので割と話をする方である。この四日間毎日電話がかかってくる。調子が悪いのである。んで、

 「俺なんか、誰も必要としてない」

 なんて物騒なことを言い出すのである。必要とされていなくても、時々面白いことがあれば私なんかは生きていけると思うのだけれども、鬱に入っている人には通用しない。でも、必要とされる喜びは確かにあるだろうけれど、必要とされへんから生きていけないなってことはないので、必要十分条件ではないのであるから、で、「私なんか全く必要とされていません」と言った。それでも必要とされることを目指すなら些々なことでよいから必要とされることを自ら作る以外にないのである。娘さんが同い歳だから、必要とされるときにはお酒で狂っていたことは容易に想像できる。だから、今になって「必要とされていない」の嘆き節は通用するまい。虫がいい上に自分のハードルを高くしていては、そりゃ、しんどい。

 で、一旦電話は終わったもだが、夕方にもう一回かかってきた。

 「どうも、自殺願望が消えないから、入院しようと思う」

 またまた、物騒である。うろたえるばかりで、何も適格な意見なんか持っていない私にかけてくるかなぁ、なんて思ったのだけれども、長い期間断酒されて再飲酒した時に、断酒会員から「断酒会なんか止めてしまえ」との惨い手紙を貰ったことがあるというから、いい加減な断酒会員の私あたりがちょうどよいのかもしれない........。「取り敢えず、今から、(通っているアルコール依存症専門病院)先生の所に行ってください。それから入院の相談をしてください」と言った。アルラさんも知っている人で、最近ちょっと変だよなぁ、なんて言っていた。アルラさんに電話をすると(一回目の直後)[また、甘えてるなぁ](多々、そういうところが見受けられる人なのである)ということで意見は一致したのだけれど、人は甘えでも死ぬことができるから、難儀である。電話の声は冷静だったから、大丈夫だとは思うのだけれども、「明日も電話するわ」と言ってはったから電話待ちである。


 お酒を止めて、季節の移り変わりや花々の美しさに気付きました。お酒を飲んでいる時は見向きもしなかったのに、という話を例会なんかでよく聞くけれども、それはそれとして、論理ではない方向へお酒断ちが向かわせることは確実にありそうだ。

 
 そうそう、アルラさんの名前が出てきたところで、アルラさんは今花粉症で悩んでいます。で、唇が切れて笑うと痛いのだそうです。みなさん、アルラさんのブログに面白いことを書き込みませふ......(●^o^●)/





只今のながらCD

TEARS ROLL DOWN(GREATEST HITS 82-92)/TEARS FOR FEARS
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by alglider | 2007-02-26 11:12 | 回復過程 | Comments(0)

朧月夜のような不安

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 徹夜仕事と徹夜仕事の合間。朝帰宅して、10時から18時まで眠る。昨夜のバイトは眠くて眠くて、後半は半分居眠りしながら葉書を数えていた、枚数合っているかなぁ.....

 こんな生活がベースとして続くんだけれども、先に受けた会社案内の仕事できるのだろうか? 不安になってきた。アル中業界用語で良く使われる言葉に[先取り不安]というのがあるけれど、何ごとも起こらぬうちから、お酒を飲んだらどうしようとか、これから私はうまくやっていけるのだろうか、具体的なことがあってもなくても往く先々のことを、あれやこれやと根拠あるなしにかかわらず不安に思ってしまう、そんな感情だ。莫とした、また純粋な不安ではあるけれども、自分を後ろ向きに見ていたほうが[不安ながらも落ち着く]マイナスの心のあり方のような気がする。私にも、あったし、今でもあると思うのだけれども、これまではそれほどひどくなくて、表に出でず(それだけにより不安なのかもしれないけれど)、まぁ脳天気にやってきた。まぁ、その不安に因って行動が著しく左右されることはなかった。

 今の仕事に対する不安は、まぁ先のことと言えば先のことだけれども、そんな莫としたものではなくて、具体的なものだ。時間を掛けて、調整すれば、その姿は見えてくる。しかし、なるほど正体の知れぬ不安ではないが、対処する心はまだ傷ついたままだ。お酒とは関係無しに、嫌な過去や失態を思い出す。そこから抜け出せないのではないか、失敗の繰り返しではないか、そんな不安が起こる。計画を立てよう! 科学的には月の運行は分かっているのだが、観察するほうに霞がかかって在る場所も往く末の知れない[朧月夜]のようなものだ。でも[月]であることには変わりはない。相手は対象は判明している。

 やや[朧月夜]のような不安である。





今日の一文

陽に愛されし記憶土工にありや掘り終えし穴くらぐらと暮色抛げこまる     浜田 到






只今のながらCD

THE CARNEGIE HALL CONCERT/KEITH JARRETT
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by alglider | 2006-10-15 09:28 | 回復過程 | Comments(0)

とりあえず[依存]のみで

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 徹夜バイト明け。午後3時から、本職の取材を入れたので仮眠もせずに準備中です。

 何日か前から、alGLIDERの説明コピーだった[アルコール依存症であること]から[症]を取って[アルコール依存であること]にしている。いろいろ考えがあってのこと。乱暴に言ってしまえば[病気]であるとかないとか、そんなことなど、どうでもよくなってきたのである。たはぅ。これからの自分を処していく上で、まずは(そう、まずは、なのである)自分が[アルコール依存]であることだけで充分な気がする。[病]であることは社会的かつ副次的なことのように思われてきたのだった。[病]であることが要らぬのではない。どうも[アルコール依存]と[病]の部分は別立てで考えたほうが整理がつきやすいのである、私の頭の中では。[病]という言葉に頼らない。頼らずに捉え直す。[病]よりも[依存]に重点を置いて考えてみる。さてさて、どう転んでいくか? と[アルコール依存]の私は考える。




今日の一文

哀しみは極まりの果て安息に入ると封筒のなかほの明し           浜田 到




只今のながらCD

THE BEST OF JAPAN/JAPAN
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by alglider | 2006-10-12 09:03 | 回復過程 | Comments(0)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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