カテゴリ:回復過程( 51 )

否認、あるいは承認の円還

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 起きたら午後2時。ときどきこうやって深い眠りが訪れる。普段は、軽く浅い睡眠で日々は過ぎ去るのだが、病のように深い眠りが来る。午前からレコードを聴きながら短歌を作ろうと思っていたのだが、頓挫も頓挫。しかも、昨日寝床で、今日の一日の穏やかな秋の日射しをイメージしていたのに、湿気の多い曇天。こんな日は、プログレかブルースかと思ったが、意に反してTHE CUREの[SEVENTEEN SECONDS]をターンテーブルに乗せてしまった。ROBERT SMITHの声は秋にぴったり嵌る。

 アルコール依存症は[否認]の病と言われる。[私はアル中なんかではない]というものだ。しかし、アル中の定義のハードルも日々低くなっていて、確かに旧態依然としたイメージでは[承認]しにくいかもしれない。私はすんなりと認めた。なんせTPOかまわず飲酒が止まらないんだもの、誰がなんと言おうとアル中ではないか......... ただ難儀なのは、いくら本人が自分はアル中であると[承認]していても、止めていない限り回りは[承認]していると[承認]してくれない。飲んでしまう病だから飲んだでは、その病を[承認]したことにならず、止めて初めて[否認]が解けたと[承認]したと回りが認める。二重にも三重にも屈折した病気であることよなぁ、詠嘆........私はその輪から抜け出したい......




sutanka 
更新しました。三首です。



今日のながらCD

Maybe you've been brainwashed too./ИewRadicals
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by alglider | 2006-10-11 01:05 | 回復過程 | Comments(1)

ボロは着てても

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 大阪府断酒会の創立40周年記念大会に遅れて参戦。今日までの睡眠時間が圧倒的に足りなかったので、起きることができなかった、というか、もう少し寝ていることを自分に許した。

 1時間半ほど遅れて行く、アルラはんが「ちょっと飽きた」と言って、駅まで迎えに来てくれた。そうやよなぁ、前半は大概挨拶ばかりだもの。何であんなにかた苦しいことばかりするのだろう。大阪府知事挨拶、なんて書いてあっても代行ばかりである。日々の例会は人と人との付き合いの実をとっているのに、記念大会になるとやや虚飾が多くなるなる。慣例かもしれんが、要はするかしないか、好きなんだよ、そういうことが.....。まぁ、政治的判断もあるのかもしれん。
 
 着くと、ちょうど休憩時間で、会場の外は喫煙者でいっぱい。知っている顔に挨拶をする。一年半ほどで、多くの人に挨拶することになったなぁ、と改めて感心する。が、以前は蓬髪無精髭だったから、印象が強く、覚えられてしまっているのだろう。それに、暑がりだから冬でも半袖Tシャツで例会に参加したりする。覚えてはるわけです。今日も今日とて半パン、Tシャツ、100円サンダル。記念大会には背広で来る人が結構多い。[以前ボロボロだった自分がこれだけ立派になりました]と見せに来るんですよ、と誰かが言っていた。成る程な。なんか切ないですね。私は背広を持っていない、嫌いなのである。着ていると心がくしゃくしゃするから、お酒は止めるが、そこは変わらない。

 [ボロは着てても心は錦]と箴言を宣う人がいるが、そんな人に限って見栄を張る、そんな例をいっぱい見てきたような気がする。半パン、Tシャツ、100円サンダル、どれもデザインが気に入ったものばかりで身に着けていて心地よい。心は自然と錦になる、すると使う言葉も清く正しくなる。心ってそうできている気がする、今日このごろである。


 [堅実な昼の仕事を]と言っている娘が帰ってきているが、今日は夜のクラブ活動だ......
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by alglider | 2006-09-03 19:18 | 回復過程 | Comments(2)

折り返し点 パンタ短歌28

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 上の写真を送信して、眺めていたら、足のことをあれこれ考えてしまった。当たり前すぎて自分でも面白くないと思うが、心の中でくすっと、可笑しかったりはする。

 今やっているバイトは立ち仕事である。休憩中を除いてずっと立っているのだけれども、それだけなら特段珍しいバイトでもない。ただ、動かぬのである。届いた郵便物を私書箱別に分ける(局内では“割る”という言葉が用いられている)ときに、左右2メートルほどを時々移動するだけである。あとは枚数を数える(局内では“査数”という言葉が用いられる)だけである。まったくと言っていいほど動かない、というか動かないで済んでしまう。血が爪先にまで下がってくるので、軽く運動などをするのだけれども、休憩中に逆立ちするわけにもいかず、足のだるさは抜本的には解消されない。お咲きさんが[足を上の方に置いて寝なければ]というが、いくら疲れているからといって、棒のように寝返りのひとつもしないわけではない。足首にも負担がかかっているようで、歩き出すときは調子がでるまで、少し痛み、ぎくしゃくした歩行となる。

 そんなこんなを思っていると、激しく飲んでいたときの爪先を思い出した。冬などは感覚がなくなるほど親指が痺れていた。奥の芯がじ〜んと痛み、氷のように冷たかったのが思い出される。お酒を止めてからも痺れは続いていたけれど、気がつけば今は痺れがない。末梢神経がお酒でやられてしまって歩けなくなった人も病院で見てきた。[やっぱり、ああはなりたくないなぁ]と意識したことはなかったけれども、どこかの地点で引き返すことになったんだなぁ、と思う。そこが何処だったのか、まだ分からないけれども...........



今日のパンタ短歌

頭上にて花なきみどりゆらめいて冷えた茶を飲む 春は狂えり


今日のながらCD

THE SINGLES/PRETENDERS
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by alglider | 2006-08-27 09:26 | 回復過程 | Comments(2)

機微?

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 編集の仕事をしているときにも、一度経験したことがあるのだけれども、自分には他人の機微がまったく分かっていなくって、ただ気の合う友人と話をしているだけで、他の人々は世間上付き合ってくれているだけではないかと思うときがある。

 このごろ確証はないんだけれども、ふっふっと、そんな気持ちに襲われるときがある。お酒の勢いと逆に無気力とで済ませてきた事由はたくさんあるけれども、この不安感がお酒を止めて表れてきた現実(真っ当性)によるところのものの全てだとは言わないけれど、私の回りにまったく理解できない(理解できていない)理屈と感情の流れがあるようだ。まったく別の論理で動いている世界が私のすぐ隣にあって、ときどき顔をのぞかせる。

 それは意見とか気が合わないとかいった個対個ではなくて、例えばお咲きさんと、娘と、友人のMちゃんと、Hと、Kと、Dと話して笑っ合ってしている言語・世界とまったく違う言葉で成り立っているすぐ隣にある別の世界で、そこにはそこの秩序で暮らしている住人がいる、という感じなのである。

 「へっ」

 と驚いた後に、なにか暗く深い見えない世界の扉の前に立っていて、不安になるときがある。顔を洗うために目を閉じている間は、鏡の中には別の世界が映っているような感覚である。そういえば、小さいときからそんな洗顔時の幻想を思っていたなぁ。今、思い出した。

追加
 同じものを食べていて「この甘さがいいね」と言うと「へっ」と話し相手が顔をしかめる、いぶかし気にこちらを見る。[甘い][甘くない]だけの話の違いではなさそうな驚きを、お互いに持ってしまうときがある。気まずい笑いの後に不安感が訪れることもある。てな、感じかしら。



今日のながらCD

DEEP DREAM DECODER/BILL NELSON 
BEATNIKSさんへ.....このBILL NELSON大正解でスローだけれども聞けば聞くほど引き込まれますです。


今日の一文

彼がなぜおれの尺度だこんなにも夕陽がゆがむフラスコの首        永田和宏
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by alglider | 2006-08-18 21:44 | 回復過程 | Comments(4)

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 休みでゆったりと過ごしたのだけれども、ゆったり過ぎて溜っているメールの返事やmixiの書き込みをせずに過ごしてしまった。いろいろと頭の中に考えが巡るのだけれども、それを形、文章に取り組む気になれずにいる。寸暇を惜しんで、だる〜く過ごしてしまっている感じだ。これではいけないのだろうが、人並みにそこそこ夏バテで4キロ体重が減ってしまった。まぁ、階段を上るときなど、ちょっと体が重たく感じていたから、もう少し落としてもよいぐらいかも知れない。

 アルコールの専門医が患者に言う言葉に「あなたはもう普通の人の一生分の量のお酒を飲んだのだから......」というのがあるけれども、虚実で言えば、この言葉は嘘であって、そんなことはないのであるし、[普通の人の一生分の量のお酒]なんて分かるはずもない。しかし「私はもう一生分のお酒を飲みましたので、これからは断酒していきます」と体験談で語り、お酒を止め続けている人はいる。その人には、この嘘は真実なのであろう。思い込みであってもかまわない。で、私は、なかなか、そううまく自分を騙せる嘘が見つからずにいる。別段、今、困ることでもないのだが、何かよい嘘を見つけたいと思っている。私にとっての言葉を見つけたいと思っている。
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by alglider | 2006-08-16 17:56 | 回復過程 | Comments(5)

鬼のいぬ隠れんぼ

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 缶ビールを片手に歩いていた日を思い出させる晴天の一日でした。院内例会では発言を求められ、そんな日々を思い出して話しました。話ながら確信に至る、ということが体験談をやっていてあるのですが、今日は以下のようなことを見つけた。

 例会のテーマは[飲酒していたころに助けてほしかったこと]というものでした。一昨年ビールを飲みながらバイトをしていて、そこを辞めることになるのですが、仕事先に向かう大通りを(真夏で今日のような晴天だった)ビールを飲みながら歩いていく。ひと缶で済んでいたものが、その日無事に終わると、二三日後にはふた缶になる。そして、そんな日々がしばらく何ごともなく過ぎていくと三缶に、そして四缶にと増えていき、仕事中にも飲んでしまうようになっていた。止めたいのだが、日々は何ごともなく過ぎていく。自分では止められない状態で、結局は[飲んでいることを発見してほしかった]のだなぁ、と思い至った。心の中には葛藤があるのだが、何ごともなく過ぎていく........というか、表沙汰にならない日々が続く。アル中がよく言い合う言葉に[隠れ飲み]というのがある。「警察沙汰を起こしてからは、家ではもちろん人前では飲めなくなった。私の隠れ飲みの始まりです」というようなやつね。よく似たバージョン違いの話はワンサカワンサカとレナウン娘(古くてすみません)のようにあります。

 [........助けてほしかったこと]の言い回しとは直接繋がらないかも知れないが、[飲むための隠れ飲み]はまだまだ飲める段階で、[発見してほしくて隠れ飲み]をするようになっていたあの時が限界だったのだろうと、今からでも思う。私は、その[表沙汰]で自主入院を決めたのだった。鬼のいない隠れんぼはいつまでもできないのである。隠れ続けることに心が負けるのである。早く見つけて、と願いだし、いずれ自ら姿を表わすようになるのである。

 話は変わりますが、友人のK子さんが[水依存症]で入院しているので、見舞おうと思ったら、主治医と正面玄関でばったり出会い、その旨を告げると「あまり面会はよくない」と言う。先生は[水依存症]という言葉は使わずに[水に対する脅迫神経症]と言っていた。K子さんが、再飲酒を異常に恐れていたことを思い出した。多分、私の知っているどのアル中よりも再飲酒を恐れていた。私は「アル中だから飲んだ時は飲んだ時、気持ちの準備さえできていればそんなに恐れることはない」と言っていたのだけれども、アルコールを恐れる気持ちの隙間を水が埋めていったのかも知れない。彼女自らが拘束を申し入れ、ベッドから動かぬようにしてもらっているらしい。その覚悟に水を刺すことはできぬと、もう少し回復するまで面会を伸ばして帰ってきた。



今日のながらCD

SOLITUDE STANDING/SUZANNE VEGA


今日の一文

八月の馬乳のような陽を浴びて若き日は過ぐ過ぎて誘う          吉川宏志
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by alglider | 2006-08-15 19:53 | 回復過程 | Comments(2)

何も捨てない パンタ短歌 15

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 調べることがあって、福島泰樹さんの歌集を、本棚からえいやっと引っ張り出した。いつもは国文社の現代歌人文庫を愛誦しているのだけれども、今回の調べものには間に合わない。久しぶりに箱から引き抜くと、湿った香りがして、シミがちょこまかと走り回る。天気も続くみたいだし、これを機に曝書をしなければならぬなぁ。


ウィスキーびん冬の畳に転がってわれに花やぐ眠りの宴

二日酔い無念極まるぼくのためもつと電車よ まじめに走れ

                        歌集『バリケード・一九六六二月』より


切口をさらす刺身に箸刺せばどつとあふれる涙誰がため

戦わず思わず叫ばず語らわずのっぺらぼうの二合徳利

                         歌集『エチカ・一九六九年以降』より


みぞれ降る ひとを思わば朝一合夜五合の酒を飲むかも

なすこともなさず飲んでおれば六月の庭あじさい咲かず

一生を飲んで終われとさすらいのさんざめく川さて渡ろうか

酒のんで飲んでどうする咲く花の瓶に差したるこころざしとよ

                               歌集『晩秋挽歌』より


ワンカップ大関の蓋ひらくためにはあらねどもまた汽車に乗る

吹雪せり窓の外にも情(こころ)にも愛しておるよ酒をくだされ

                              歌集『転調哀傷歌』より


 調べものと同時に、お酒の歌の多い福島泰樹だから気になったものを書き出してみた。まだまだあるんだけれども無作為に(それだけに心に残る歌か......)に選んでみた。


 入院中に、一人のアル中さんが家からの電話に「ジョニー・ウォーカーのマークの入ったグラスなんか全部捨てておけよ」と命令しているのを聞いてしまったことがある。命令している相手は多分奥さんであろう。奥さんもたいへんである。[アル中が命令する立場かっ]などと思ったのだが、3ヶ月の入院生活の中で見舞いに来る奥さんに命令口調で威張っている男患者は多くいた。こら治らんなと思っていると、退院して断酒会を回るとお酒を止め続けていても威張っている人もまた多いのである。不思議であるアル中以前の心の病か........ 

 で、[ジョニー・ウォーカーのグラス]はお酒に関するもの、思い出のあるものを捨て去って、心機一転のために捨てられるのだろう。人それぞれだからそういう方法も、あり、だろう、が、私は何も捨てなかった。どうでもよいものはアル中であろうがなかろうが捨ててしまう、というか失ってしまうし、思い出の付着したものは捨てるには忍びなかった。例えそれが、貝口の猪口といったお酒に絡んだものでも、それにまつわる心までは捨てられまい、と手元に残している。これはこれで、またあり、なのであろう。アル中になったからといって、誰を恨むこともできない、ましてお酒を恨むことなんて私にはできない。それらのお酒にまつわるものものは、また酒断ちに役立つものものでもある。ましてやこれらの歌は捨てられまい........

 途中まで書いていて眠ってしまった。写真は27日に送信、文章は28日の更新になってしまった。朝から暑い、大洗濯をしなければばば........



今日のパンタ短歌

バリケード エチカ 晩秋と読みやれば酒何ならんかつて心よ


只今のながらCD
UNIVISION/GAZEBO
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by alglider | 2006-07-27 12:43 | 回復過程 | Comments(2)

久しぶりに院内例会へ

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 院内例会の帰り、夕方の大阪には浴衣姿の男女がちらほら、天神祭はなんとか雨に祟られずにすみそうです。書いている間に無事終了かな?

 マンションを出て、駅に行く裏道を歩いていると、10メートルほど先で老婆が倒れた。側を歩いていた小学生二人が近寄るが、あれこれ逡巡して抱き起こすふうもなし、ありゃ、こりゃいかん、と走っていって、抱き起こそうとするが足を軽くくじいたのかなかなか起きあがれずへたり込んでしまう老婆である。その老婆は、前掛け(エプロンという言葉は似合わない)をして籐の籠を持って買い物に行く人である。いつもすれ違うたびに、自分の母親の時代を思い出させてくれる人である。ただ、すごく腰が曲がっていて苦手である。というのも、私は横溝正史の『八墓村』(だったと思うのだが)のテレビドラマで、腰の曲がった老婆に変装した犯人がすれ違いざまに砂を詰めた瓶で被害者の頭を叩き割るというシーンを見て以来、腰の曲がった老婆が恐くて仕方ないのである。もっとおしなべて言えば、豹変するものが恐いのである。だから駆け寄るのには少しばかりの勇気がいったのであった。まぁ、それはよいのである。よいのであるが、この老婆、なかなか立ち上がらないものだから、半ズボンの私は薮蚊にさんざん血を吸い取られてしまった。薮蚊は老婆よりアル中の血を好むらしい。かゆかゆ。

 整骨医の診察券をがま口から取り出して、電話をして誰かを呼べというが、そんなの来るわけがないでしょうが。診察券を見ると駅前のG医院である。しゃーないので、手を貸してゆっくりゆっくり一緒に歩き出す。かゆかゆ。老婆は腰が曲がっているから下を見ている。いつもならときどき前も見て気をつけるのだろうが、今は、私が手を貸しているものだから、足も痛いものだから、安心と苦痛で下しか見ない。気をつけるかな、曲がるかなって思っていると、案の定止めてあるバイクに突っ込んでいく。抜けそうな細い腕をぐいっと引っ張る。かゆかゆ。病院に着くまでに[北海道から出て来て、このマンションに来る前は此花区に住んでいたこと、お姉さんは38歳で亡くなったこと、自分は80歳を超えていること、沢山子どもを生んだが二人は死んだこと、今は息子と住んでいるが嫁が金を持って逃げたこと、馬鹿息子であること、などなど]多くのことを知った。かゆかゆ。

 で、予定の電車に乗れず一本遅れてしまう。こうなると心太式に予定は遅れ、摂津富田駅前から出る院バスを逃してしまった。仕方ないので市バスを利用する。入院していたときに、例会の帰りによく利用したので懐かしかった。老婆のおかげかもしれん。このころまでかゆかゆ。

 一ヶ月振りに院内例会に参加。毎週火曜日なのだが徹夜明けなので行けずにいた。で、この病院は久しぶりに行くと必ず指名される。なにか話さないといけないのである。で、最近思っていたことを話したのだけれども、話は苦手だから上手くいかなかった。んで、ここに纏めてみる。書く方が得手である。こんなことを言いたかったのだ。

 [以前、知人と用事があって居酒屋に行った。私はアル中だからお酒を飲まない。何品か肴を注文して食を楽しむ、お茶を飲む。その知人はお酒を飲む、かなり好む方である。しかし、私への配慮でその知人もお茶にすると言う。遠慮は要らぬ、目の前でお酒を飲まれても私は平気である。いいよ飲んでも、いやぁやっぱりお茶にしとくわ、とやり取りがあった末、知人もお茶を注文した。週に五日お酒を飲んで二日体のために休肝日を設ける。明日の仕事に差し障りのないようにお酒を飲む。これらは自分のためのお酒のコントロールだけれども、この知人のしたことは私のためのコントロールなのである。同じコントロールでもハイレベルである。一段格調高く美しいコントロールである。このように人を思い遣ることでのコントロールを私は、自分の酒断ちにも当てはめて考えたいと思ったのだ。逆の立場ならきっと飲んでいる、私がいる。アル中ではないが飲んでいる私がいる。それはアル中でなくても、お酒に卑しいのである。お酒に卑しいからアル中になったとは言えないけれど、私はアル中になる前からお酒には卑しかった。ただたんに心は貧しかったのである......云々]

 んんで、話は変わりますが、iMacのモニター回りの半透明のプラスチックの枠の中に虫がいるのである。蛍光灯の傘の中に虫が入り込むのと同じような塩梅で、iMacの枠に入り込んだものらしい。2、3匹いる。虫籠にモニターを付けてネットをしているような気分の今日この頃なのである。とほほほ......


パンタ短歌は明日に向かって製作中



今日のながらCD
EAT A PEACH/THE ALLMAN BROTHERS BAND



今日の一文

顔を覆い我はかがめりとりかこむかごめかごめの囚はれの中      齋藤史








 
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by alglider | 2006-07-25 22:06 | 回復過程 | Comments(3)

以上でも以下でもない パンタ短歌 14

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 心が騒がない、と書けば、アルコール依存症で自助会に行っている人ならば、[それは酒に走ることがない、平穏で心のベターな状態]と判断するかもしれない。しかし、それがひとつもよろしくないのである、と思う。

 自助会のひとつ、断酒会では体験談が中心である。[体験談に始まって、体験談に終わる]とも言われる。事実に徹しようとするこの方法論には、お酒をやめるために無用な意見や方法論の対立を回避しようとする先人達の知恵が垣間見える。しかし実際、それを実行するのは結構難しいことで、[昨日、甲子園に行きましたが、飲みませんでした]てな近況報告なら別だが、やはり話すということにはその人それなりの判断や意見などが入ってくる。本当に自分の起こした事実のみに徹するというのは、一種の修行みたいなものだ、と思う。そこを、どう今の心持ちなどと絡めてどう語れるかが、それこそその人の体験談歴であったり話芸であったりする。事実を語るのではなく、体験を語るというのは、事実を物語化することで、極端にいえば[真実]という[嘘]を語ることなのである。

 で、その物語に[心が騒がない]ので、ひとつもよろしくないのである。断酒会には、あの人の体験談は聞く価値があるなどと噂にのぼる名弁士がいらっしゃるのだが、そういう人の話は大概の場合悲惨な事実を含んでいる、[心が騒がない]のである。私が慣れたのか、鈍ったのか、衰えたのか、はたまた語る人が話芸に精進せずにいるのか、耳に届く[体験談]は、[事実]以上でも以下でもない、単なる[事実]にしか過ぎないし、例え[意見]であろうともそれは[意見]にしか過ぎぬ日々が続いている。

 有名だが[一滴の涙も含んでいない海はない]という例えがある。しかし、その[涙]が感じられぬ。最近、私に届けられる海は、例えそれが暴風雨に荒れ狂うものであろうとも、どうしようもなくただの海なのである。多分、私は疲れているのだろうけれど、まことによろしくないのである。



今日のパンタ短歌

口ずさむワイナンロゼスふと途絶え何を埋められたる向日葵


今日のながらCD

FILLMORE EAST LIVE/THE ALLMAN BROTHERS BAND
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by alglider | 2006-07-22 17:42 | 回復過程 | Comments(1)

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 はっ、寝てしまっていた.......zzzzzz うとうと、はっ、また寝てしまっていた.......zzzzzz

 と、身体の疲れによって睡眠障害問題は解消されつつあるが、これってなんの解決にもなっておらず、やっぱりただの解消なのである.......身体は重く、気も重い....(-"-;)うぅ

 で、寝るときに気が付いたのだが、低い枕でも寝ているのである。どういうことかと言えば、私は硬い高い枕でないと非常に寝つきが悪かったのである。分厚めの枕を更に起こして用いる。旅で自費で安旅館に泊まると枕は硬いが低いというか薄平い、取材旅行などで経費で高級お宿に泊まると枕は量(かさ)はあるが柔らかい、と、どちらも命短しタスキに長しなのである。本当に土嚢のようなマイ枕を持ち歩こうかと考えていた時期もあったのであるが、水を含んだかのように重いし、お咲きさんに白い目で見られたので諦めた。それが、現在、硬いことは硬いが低い(枕を起こさない)枕でも寝ているのである。

 はてさて、これはどういうことかとつらつら紀貫之考えてみると、やはり105日間の入院生活の結果であると思われる。病院の枕は、中ぐらいの量でやや柔らかい。安旅館と高級お宿の中間あたりであった。入院だから、気がまぁ普通じゃござんせんから、寝つきが悪いのは当たり前で、その上枕が変わる。それも馴れ親しんだ土嚢のような枕に比ぶれば、病院の枕は小羊のように頼りない。ここで[眠れませ〜ん]と眠剤を貰いたがる人もでてくる、が、私は一切貰わぬ、枕との戦いは本当にかなわぬが、馴れてもいるのである。

 んで、以前[無用の香木]で書いたが、枕は私の入院生活に重要な役割を果たすことになるのである。が、それはそれとして、結局[馴れ親しむ]ということで、枕問題は解決していくのである。で、これって、と昨夜の寝る前に思ったことに戻るのだが、お酒を止めているのと似ているところがあるのである。[眠れている][止めれている]と、ふと忘れ物を思い出すかのように現在を思い出すのである。過去を思い出すのではなく、何か隣の世界を思い出す、意識が行き来するかのようである。[硬い高い枕でしか眠れなかった私]は過去の私ではなく、隣の世界の住人である。[途切れることなくビールを飲んでいた私]も過去の私ではなく、隣の世界の住人である。

 変わっていく、というのは私にとって、このように過去を清算することではなく、継ぎ木することではなく、隣の世界への引っ越しのようなところがある。[馴れ親しん]でいると、無意識の内にお引っ越しをしてしまう。後は世界との[親和力]の問題なのである。私は、今、低い枕で眠る、お酒を飲まない世界にいて[結構やっていけるもんやん][これもまたよろしいやん]と暮らしている。そんな情けないこと、そんなん、またすぐ酒飲むぞ、とマッチョな断酒人に叱咤されそうだが、かけ声だけの自己否定より[親和力]の方が勝ると思っている。[飲んでいた世界]ではなくて[飲んでいる世界]が常に私のお隣にある。パラレルなのである。しかも、私はフリーのパスポートの永久保持者である。やんぬるかな.....(-"-;)


今日のながらCD
peace and noise/Patti Smith


今日の一文

死んだつていいようと涕く魂を労りながら黎明を待つ          福島泰樹
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by alglider | 2006-06-26 13:19 | 回復過程 | Comments(4)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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