カテゴリ:回復過程( 51 )

妖怪と暮らす

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 熟睡、気分爽快とは程遠いが、疲れた体はやはり濡れ雑巾のように動かぬもので、久しぶりに眠ったままを過ごした。眠ったままを、というのは珍妙な言い回しだが、まんまそんな感じ、で、体が重くて起きることがかなわぬまま、うとうと睡眠を続けてしまったのである。意識は起き上がって動いた方がましっ! って言っておるのだが体が動かぬ、んで、眠ったまま、うとうと睡眠。なんかこう、意識が眠ったままを気にしながら、睡眠にときどき堕ちていくかんじ......眠りの中の眠り.......で、非常にだるいです。

 と、15日の朝3時ごろに上記を書いて、中断、ラジオ深夜便のザ・ピーナツ特集[ためいきのでるよ〜なぁ〜♪]を聞きながら寝ることにした、らっ! 豈図らんや、意外と安眠でした。コーヒーとみるくあんぱんを食べてプチ爽快薬局です。

 WHOの健康の定義が身体的、精神的、社会的プラス霊的なのだそうである。プラスというのは新しく付け加えられた概念だと最近聞いたからだ。最近というのは1ヶ月以内であって、聞かせてくださったのは、新阿武山クリニックの平野先生である。先生曰く、SPIRITUALITYの適当な訳語が見つからないとのことで、霊的としているがピンッとこない、とのこと。確かに悩みこそすれ、腑におちて合点がいって[あぁ、そうだったのか]と快哉を叫びたくなる概念ではない。リンクしているブログでも、このことが登場していたので、やっぱり新しく付け加えられた概念で旬なのかな、と思っていた。らっ、

 『敗戦によって、国家神道は徹底的に批判された。明治以降の国策としての[富国強兵]には、スピリチュアリティは存在しない。戦後日本において最も欠乏しているのは、このスピリチュアリティではないだろうか。古来、日本文化の伝統の中に、スピリチュアリティは存在したと思われる。それが、戦後の工業化、経済至上主義の中で完全に逼塞した。新しい生き方、意味のある生き方は、このスピリチュアリティ、即ち、魂の領域とつながることにより力を得るのではないだろうか』

 上記の文章は、その[霊的]が出回っている中、昨日の酒害相談講習の講師であった米田栄之先生のレジュメにあった一文である。[おや、またこの手の言葉が登場してきましたよん]という感じでした。ここではスピリチュアリティは[魂]と訳されている。霊的という西洋的な響きを避けたのかも知れないけれど、神道と古来日本文化伝統という大枠がウルトラ一緒くたになっていて、魂であれ何であれ、話がややこしいことには変わりはないし、すっげぇ合理化を感じる。多分、参加した酒害者にしたら[スピリチュアリティ]とか[魂]とか言われてもなぁ、というのが正直なところであったろうし、私もそうであったし、この状態は、ひとつも健康的ではありませぬw

 私が[スピリチュアリティ]と聞いてまず思い浮かべたのは、ネイティヴ・アメリカンのホピ族の話。霊的という表わし方は別として[自然の感応力]が生活の範となっている。マヤ文明の[自然の摂理を神として]というのも思い出したが、ここにも感応力が働いている。

 霊的なるものが、どのように健康的な生活かかわってくるのか全く分からないけれど.....話は変わるようで変わらない.....木霊という妖怪がいますが、ここに霊という字が使われていて、これを思い出して、少し納得しました、私の場合。多分ね、霊的に生きるというのは、妖怪と一緒に身近に生きることですね。長く使った釜は[釜鳴り]という妖怪になるし、古い物は化けて妖怪になって生きてくる。霊と妖怪をウルトラ一緒くたにするのは乱暴だと言われるかも知れないですが、霊は訳語ですから、自然とか物の中に妖怪を見い出す[感応力]と思えば、私の中ではスッキリします。私にとって、霊的で健康な生活というのは、妖怪と暮らすことですw。と、一区切りつけておけば、健康的にいけそうだ。悪い妖怪はいけません、鬼太郎さんに退治してもらうか、京極堂さんに憑き物おとしをしてもらわなければなりませぬ......(_"_)

今日のながらCD
PROPAGANDA/SPARKS

今日の一文

よそゆきが
ふだんぎになる
そのかわりめの
あつまりが
月日だと して                    服(抜粋) 松下育男
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by alglider | 2006-06-15 15:04 | 回復過程 | Comments(2)

過ごしている私

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 バイト先からの寄り道に小さな古びた河川公園があって、そこで錆びに錆びて錆び付いたオブジェを見つけた。キューブ状の物体から一部分が飛びだしたようなもの、月が地球から飛び出そうとしているところ、また逆に何ものかが入り込もうとしているところ、題はなかった、が、見る角度のよって突き上げた拳のようにも見え、トム・ロビンソンバンドのレコードジャケットを思い出し、そしてジョンの Power to the People の言葉を思い出した。多分、市街地整備なんとかで、この公園ができ、そのときに設置されたものだろう。うらぶれた公園には、数匹ののら猫と毎日花壇に水を遣る腰の曲がったおばあさん一人が見かけられるばかりで、頭上に阪神高速が走っているものの深閑として、時間が止まっている感じだ。止まった時間は、初めから止まっていたのではなくて、動いていた時間が静止しつつあって、今ここに記憶のような公園を造り出している。オブジェはその証人で、止まりつつある時間に抗って変化し、更に錆びつつある。

 で、最近の時間の過ごし方、というか感じ方、というか接し方.....が変わってきた、というか変化がないというか.....の、ことである。何をしていても、等価なのである。結構感情もフラットなのである。真っ当(?)な仕事をしておらんから、責任が生じていないから、というのが理由の一つとしてあるのは分かっているのだが、勤労断酒者には申し訳ないような気もするのだが、ある程度交換可能な時間を過ごしているのである。身体的な理由もある。睡眠障害だから、ちょこちょこっとあちらこちら遍在する時間で眠る。だから、今ここで寝ておかなければという拘束が社会的にだけでなく身体的にもないのである。

 その感覚は徹夜バイトを始めてから著しい。三日徹夜バイトで三日休み、で、これが続くかというとさにあらず、ビル・ブラッフォードのような変則ビートのシフトだから、2.1.3.3.2.1などの緩急、労休がくり返される。睡眠もまた障害のおかげでそんなペースだ。体が毎日にというか時間に慣れない。切れ目がない、その減り張りの感覚がなくなってしまった。バイトをしている私、休憩時間の私、食事を拵える私、食べる私、更新する私、散歩する私、断酒会に参加する私、している私、眠る私、ブルースを聞く私........心の中ではあまり変わりがない。なにをしている私も時間を過ごしている私、であって変わりがない。いかに時間を過ごすかではなくて、特定の時間に価値を見い出すことのできない交換可能な感覚なのだ。その分、心がざわつかない不思議な安寧な時間でもある。

 例えば、バイトをしていて、休憩に入る、しかし変化が感じられない、手紙の査数を数えていても休憩しても、同じ時間を過ごしている私でしかない、っていう感じ。だから休憩なしでも、労働は時間を過ごしている単なる私、っていう感じで通しで働いてしまえそうだ。物事、事象などについて、例えばホモであろうがヘテロであろうが価値的には等価だと学生のころから思っていたけれど、時間までが等価に感じられるようになるとは想像していなかった。放送終了後のホワイトノイズのような時間の流れの中で、すごく平穏に交換可能な何かをして時間を過ごしている、そんな感覚の毎日だ。好い徴候なのか悪い徴候なのか分からぬが、それも等価だ.......ちょっと、やばいかなぁ.......とも思う........お迎え近いのかも......

今日のながらCD
The Best of JAPAN/JAPAN

今日の一文

そんなに速く走ると
今に君自身をさえ
追いぬいてしまう

みたことじゃない

君が広いグラウンドを
君自身をさがして今度は
走りだす

それにしてもこの青い
空は
どうしていつもひきつづいての
空なんだろう

いつまでも死ぬことのない空の下で
君はうまく君を見つけだし
入りこめたか

はげしい息づかいの中でも
ぼくはつねに
考えている
この世界がなかった場合の
ぼくのことを

するとこの世界が
なかった場合の
ぼくが
考えから
はずみをつけて
走りだす

悲しく脇腹をすって
ぼくをぬいて行く
遠いコースのむこうにも
空                               競争 松下育男


       天武人さん交野断酒会にまたおいでーよー。まってるよー
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by alglider | 2006-06-13 19:31 | 回復過程 | Comments(10)

寂しい暴力

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 写真は三星堆遺跡から発掘されたもの。まだ謎の文明である三星堆。それ故に、あらゆる意味を剥奪された遺物は現代美術でもある。

 私のiMacはすぐにフリーズするのである。只で譲ってくれた鵜楽女史には申し訳ないのだが、どうも私との相性が悪いみたいなのである、私のところに引っ越してくる前は健全なiMacだったらしいのだから.....(-"-;) だから、ブログ更新も健康なPCを用いている人の3〜4倍は時間がかかっているのである。そこにバイトを始めてから、じっくりと考えて文章を書いている時間がないのである。日々是口実なのである。これでいいのか10本アニメなのである......

 で、今日も今日とて、今からバイトに出かけるのでサクッといきます。

 茨木市断酒会の一日研修から帰宅すると、お咲きさんがいない。珍しく買い物にでも出かけたかな、と思って味噌汁などを作ろうと思うのだったが、なかなか帰ってこない.....家出の心配はないのである。人一倍面倒なことを好まない人なのである。で、あぁ、そうか、と思い出した。一週間東京に出張と言っていたのは、今日からだったのかも知れない。てっきり月曜からだと思っていたのは、私の勝手であって、今日出立したほうが仕事の段取りはよいに決まっている。んで、
 [ひょっとして、今日から東京?]
 とメールを送ると、
 [そう]
 と、実に簡潔な返事があった。誠に面倒を好まぬ人である。

 心得ていないことが起こると、ふと、寂しくなるものだ。お咲きさんが帰ってくると思っていたから、リビングはリビング足り得たのだが、一週間おらぬと知ると急に伽藍堂のように思えてきた。勝手なものである。勝手者である。三日三晩のお出かけ酒なんてしょっちゅうだったから、暴力はなかったが、こういった[寂しい暴力]は多々あったのであって、お咲きさんは、寂しいとは言わぬ人になったのかも知れない。

 ふふふ、これで今日お咲きさんのために買ってきた、アイスクリームは私のものになった.......

 さぁ、バイト夜食のおにぎりを作らなくては......

今日のながらCD
STRANGE DAYS/THE doors

今日の一文

私の中に育つ
坂がある
たとえば鼻の傾斜
ひかがみのおちこみ
額のうつむき
それらも時折
私の足をすくうが
さらに内部
皮一枚で隠されている
坂がある
喉もとまできている坂の
切先が
こめかみを破った
すそはふくらはぎを
破る
私の中に育つ
坂がある
月夜もおとす
坂がある                    坂1 松下育男


       天武人さん交野断酒会にまたおいでーよー。まってるよー





 
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by alglider | 2006-06-11 16:40 | 回復過程 | Comments(2)

私も、そのうち棚をつくるか......

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 バイトの帰り道を変えてみた。堺筋から一本東の松屋町筋(まっちゃまちすじ)を歩く。バイトで覚えた内平野、釣鐘などの町名の中を歩く。文字が風景になって、記憶になる。写真は大川(天神祭の執り行われる川)から、京橋のOBPを望む。

 ECOHS慎さんの書き込みを読んで、心身の心はともかく身の方は疲れているかも知れない、と思って、横になったら起きられなかった.......。

 三日間徹夜バイトが続き、それならそれで昼間から夜まで寝て完全昼夜逆転を演ずれば良いのだが、夕方からはマイ断酒会(今日は今日とて昼例会でした)や講習会などもあって、ままならぬ睡眠時間、そのうえ横になっても睡眠障害のせいで少ししか眠られぬ.....で、次の日に余裕のある時に6時間程集中的に寝てしまう.....。んで、更新が遅れたのである。言い訳である。

 このような毎日を過ごしていると、いつの何のための時間を起きているのかが曖昧になる。例えば断酒会に向かう時も彷徨っている、っていう感じで、モノクロームの遠い時間の風景の中を行くような感覚になる。ちょい酔い酔い散歩と似ていないわけでもない。サッカーファンのアル中はしばらくそのような時間を過ごすのかも知れない、私には縁がござらぬが.......。

 今日、マイ断酒会の帰り、アメシストのTさんが[パンタさん、えらい髭のこと言われてたでしょ、あの人なんでいつもあんなんなぁんっ。腹立つわっ]と、前々回のブログで触れた人物のことをぼやいていた。口害に合っているのは私だけではなかったのね。その人物は、今日も今日とて、トテチテターでございました......。

 明日は茨木市断酒会の一日研修会、朝が早い......

今日のながらCD
PICTURES AT AN EXHIBITION/Emerson Lake & Palmer

今日の一文

休みの

棚を上の方につくった

のせなければならないこまごました物たちが
下の方にあふれてきたからだ

次の日から
出勤のため毎朝
棚の上からとびおりるのが
つらい                   棚 松下育男

       天武人さん交野断酒会にまたおいでーよー。まってるよー
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by alglider | 2006-06-10 09:20 | 回復過程 | Comments(3)

フツーの貶め

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        フランシス・ベーコンによるミック・ジャガーの肖像

 愚痴やら他人様のことをとやかく書きたくないが、何故か身に降りかかったことでもあり、キーボードに向かったらそのことが頭に浮かんできたので、書くことにする。

 20年近く髭を蓄えていたが、バイトの関係で剃ることがでてきた。そこで、である。かねてから、このアル中なにを考えとんねん!? と、いぶかし気に思っていたオッサン中が、
 [すっきりしはったなぁ、髭剃らはって]と宣う。
 はぁ、と、ナマ返事するものの嫌な予感.........オッサン中続けて宣う、
 [その方がよろしいわ。清潔で、髭は不潔や汚い......]。
 やっぱり、この中の思考回路はこうであった。なんと無礼な酒精中毒者であろうかっ! 私の心の中は、なんたることを#ルサンチマン#である。はぁ、不精髭でしたから(本当に不精だっただけなのだが)、と応えながら[また、そのうち生えてきて伸ばしますから]と、微笑み返しをした。ふふふ、オッサン、その95%禿頭は剃ることはできても、生やすことは出来まいて......しかし、この手のオッサンは自己中であるから、私の微笑み返しの含意に気付かない。
 [このアホ、また髭伸ばしよる気か、せっかく人がすっきりしはったなぁ、と言うたってんのに]
 ぐらいしか、心に思い付かないのである。

 で、このオッサンが何故かねてから[!?]マークだったかと言うと、多々無礼非礼の発言をくり返されておられるのである。ある日、オッサンかく語りき.....
 [生活保護を十ン年受けているアル中もいて、と、この前○○先生が言ったはって......何とかならんのかなぁ(こういう輩は).........云々]
 口あんぐり。フツー生活保護受けている人の前で言うかなぁ、しかも○○先生の言葉にして自分の言葉に権威を付け、一般論を装う。これは質の悪い誹謗中傷である。で、本人が無自覚であるから始末が悪い。きちんと話されるべき社会問題が、他人を揶揄するときの武器として用いられる。

 個人の資質のみが問題視されて疲れ果てたアル中同士の中でも、傷口に塩を擦り込むようなことが起こるのである。こういう人に限って、確かに生活には困っていない人が多くて、この人の[アルコール依存症であること]は、いったい何なのだろう、と、首を傾げてしまう。断酒して、フツーの人のように、人の悪口を言ったり、貶めたり、傷つけたりできるようになりたいのであろう、と思ってしまうが、
 [パンタさん、あの人はそういう人やねん。そんな人ぎょうさん世間にいたはるがな]
 の、老師の言葉に[あぁ、世間なのね]と、また他人様や世間様との距離の計りかたを考えてしまうのであった。私は[アル中になって良かった]と言う人もいるが、決してそうは思わない。ただ、なってしまったんだから、フツーの人に回復するだけではもったいないと思うのである。望んでなったアル中ではないが、フツーに戻るだけならアル中になってしまった甲斐がない、と思っている。フツーの普通を目指すのは特異点を通過してからだ。

今日のながらCD
BBC SESSIONS/LED ZEPPELIN

今日の一文
できあがりの時から
のぼりおりしてきた

階段のへこみの部分には
階段がたまってくる

だからぼくは
階段を
ずりさげるようにのぼり
せりあげるようにおりる

階段で
まだどこへも行けたことがない

そのかわり
いつも階段へ
つらく案内される

ぼくはもう
こういうことから
一段
おりたい                    日記のように(七) 松下育男

*松下育男ヘヴィーローテーション


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by alglider | 2006-06-08 11:01 | 回復過程 | Comments(3)

中間リハビリ.....

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 部屋にゴミ箱がある。取り立てて言うことでもないが、そして、その横にスーパーなどで貰う袋が掛けられている。箱は生ゴミというか可燃ゴミというか通常のゴミ用で、袋はプラゴミ用である。不要になったメモ類、くだらぬDM、支払いを済ませた請求書などは箱にいき、アイスクリームの包みや夜食のパンの包みなどのプラ分類のものは袋に入れられる。

 で、飴など細かなプラ包みなどが、空気抵抗にあって袋に入らず箱に入るときがある。このとき不思議なもので、通常ゴミとプラゴミの判別概念は大小の判別概念と変わり果て、[飴の包みぐらい、まぁ、いいかぁ]となることが間々ある。

 んで、その先がいけない。アル中である。一度ゴミの分別が、ささやかな空気抵抗で崩れてしまうと、分別自体が崩れていく。もう箱の中に、袋に入れるべきのものが入ってしまったのだから仕方がない、と、私の分別は一挙に不法投棄に雪崩れていく。箱に袋に入れられるべきプラ類が混じり始める。次の日に、[これはいけない]と思い、ゴミ箱を漁りプラゴミを回収したりする。

 んんで、お咲きさんを見ていると、分別はしているが、時々生ゴミにささやかなプラゴミが混ざっていることがある。私はこれをちゃんと分別し直すのであるが、お咲きさんの生活態度を見ていると、見習うところ、お勉強になるところが多々あって、あまり細かいことに気を取られるのはよろしくないと教えてくれる。そう、精神衛生上よろしくない。どうも、私には中間がない、圧倒的にだらだら暮らすことが多いのだが、ゴミの分別のように些細なことを完璧にこなして人生の勝利者になったように錯覚するのである。満足しているのである。重箱の隅をつつきながら、更に、解体してしまうのである。これではいけない、と思い手綱を緩めると、これまた確実に暴走して、人生笊状態になってしまうのである。

 なんでも中庸が善いということなのだろうが、これまた、中庸に徹して善悪是非の判断を避けるところが出てきて手に負えぬことになる。突き詰めれば[自然体]で生きなさい、ということかも知れぬが、[自然]って、と、頭で考え始めるからこれまた始末に負えない。お酒を止めてから、生きることは総論ではなく各論だと言い聞かせてみるのではあるが、儘ならぬ。

 自然に振る舞うと、怠惰と緊張の間を極端に往ったり来たりするから、意識的に中間リハビリを心掛けようとするが、プラゴミひとつで犯罪者になったような気になるのであるから、とほほ、なのだ。で、[これでいいのだ]とバカボンのパパの声が、時々神の声のように降りてくる。その声が我が身をたしなめる。そう、これでいいのだ......の中間リハビリである。

今日のながらCD
his original 1942-1947 performances/T-BONE WALKER

今日の一文
我らの孤独にして善良の恩師
Goodenough氏
奇禍に倒れ ここ眠る               Goodenough(抜粋) 天野忠


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by alglider | 2006-06-02 01:57 | 回復過程 | Comments(5)

さだかではない…

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 断酒会やAAに限らず、組織、まぁそんな堅い響きでもなくて人の集まりに参加していると、規則や基準というものが生まれてくる。喫茶店で話しているわけではないので規則・基準は必要なのだが、やっぱりそういったものは最小最低限であった方が好ましいと思う。T断酒会のI氏は[断酒会ゆうてもエエとこばかりやない。平気で人の足引っ張りよる。気ぃつけた方がよろしい]と公言してはばからない。I氏が何を見たり経験されたのかは知らないが、断酒会でお酒が止まった人が多くいるという総論は信じても、眼前の自分が参加している断酒会=各論はそうはいかぬわけで、個人個人で感じる違和感は、それこそ素直に大切にした方が良いのかも知れない。従うも疑うも素直な心、というわけである。

 良い悪いとは関係なしに、人が集まると偽悪の負の優越感というものが発生する。無縁でありたいと思うが、ひとたび考えだすと、こういったものは、無縁であるか否かはさだかではない。のたうち回り日に救急車三回呼んだ、幻覚幻聴で殺傷事件に発展した、自分の家に放火した、などと聞かされると、離脱がそれほど酷くなく幻覚幻聴もなかった私は、同じテーブルに着いているのが申し訳なくなってくるほどだ。スミマセヌ。本当の話、私は脂汗が出ることも、こむら返りすることも、[おぅ、アル中の症状がでてるやん]と、何故か楽しみにしていた節もあるのだから、何をか況んや、である。

 一番初めに体験談を語る人がそういった離脱の内容の事を話すと、必ずと言っていいほど、次の人は影響を受けるから同じ内容で話は受け継がれる。[私の場合は云々][そう言えばワシにもこんな経験が云々]となることが間々ある。それで私の番がくるとトーンダウンしてしまうてなことも度々あったし、初めのころは無理に負の体験を誇張したこともあった。今では話の流れには乗らないことにしていて、その日自分に必要なことだけを話すように心掛けるが、この自分に必要なことの判断が意外と難しい。

 体験談を話すということは、自分自身の物語を作ることだと思うのだけれども、[幽霊の正体見たり枯れ尾花]で、幽霊の真実を語るか、枯れ尾花の事実を語るのか、で随分とその人の物語は変わってくる。私はといえば[幽霊]派の語り部でありたいと思っているし、そこに体験談を聞く価値があると思っている。圧倒的な事実の前には、為す術を持たないが、基本、事実というのはアル中はアル中であってもみなそれぞれということだ。

 まぁ、そんなこんなで、時には断酒会でそういった居心地の悪さを互いに感じあっているのかも知れない。そして、その居心地の悪さを互いに是正していくために、体験談は虚々実々を混濁しながら素直な方向へ澄んでいく、ということになれば、結果、そういった、ある種の居心地の悪さは、所謂、必要悪というものかも知れぬが、さだかではない........

今日のながらCD
Maybe you've been brainwashed too./ИewRadicals

今日の一文
演習の機関銃音にまぎれしめ人を射ちたる真夏がありき        齋藤 史



       天武人さん交野断酒会にまたおいでーよー。まってるよー
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by alglider | 2006-05-27 17:22 | 回復過程 | Comments(1)

まわるまわるよ......

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  仮眠して、マイ断酒会へ、帰宅後更新ですから遅くなります.......(_ _;)zzzz......


 自販機を求めて彷徨い歩くのではなく、自販機を軸とした散歩コースが出来上がっていた。何パターンかあって、となり町までの子供のお使いコースやアップダウンのある健康コース、お肌によろしくない日がな周回コースなど。ビールを飲み干すころに、次の自販機が見えてくるようになっていて、結構トイレなどもうまく配置されていたのである。秀逸。でも、一番は、家から20分ほど歩くと整備された大きな府立公園があって、そこのベンチでビールを飲みながら本を読む。だいたいロン缶を4つぐらい持っていって、ちびちびやりながら本を読む。私のビールの飲み方は、本当にちびりちびりで、天気の良い日にはビールが当然温くなるのだが、気にしない。気にならないところが、またアル中である。

 ビールもなくなり、読書も一区切り着いたところで、さらに10分ぐらいのところにある回転寿司に行く。ロン缶2リットルでほろっといい感じ、というか、思考に狂いが生じ始めているのだ。[何か食べないと体に悪い]と回転寿司に行くことに理由をつける。そのころ食事っていっても、ほんの少ししか受け付けぬ。要は、更にビールを飲みに行くのである。

 そこの回転寿司屋は、ビールがセルフなのである。コインサーバーなのである。ジョッキをセットして400円を入れると、こっくんこっくんと、メカがおつぎあそばすのである。それをカウンターに運び、口に運びながら、回る寿司を眺める。昼下がりであるから、お客はまばら、しかるに、寿司自体も閑散と申し訳無さそうに回っている。一応回転してますよーっ、って感じである。当然ネタの種類も少ない。食べることを目的とした人なら、ここで注文をする。[中トロ、ホタルイカ、鯛、エンガワ、赤だし、ついでに茶碗蒸し]てな感じであろう。

 で、私といえば、一杯目のジョッキを空け、またコインサーバーに向かう。そしてまた、寿司の回転を見つめる。たまに、ショウガを摘んだりする。が、寿司に手を伸ばす気力が湧かぬ。そうこうしているうちに、またジョッキが空になる。また、腰を浮かせる。

 んで、空ジョッキを5つほどカウンターに並べたところで、困り果てるのである。私は、決して嫌がらせの客ではない。ビール5杯飲めば2000円、全品100円のこの回転寿司屋にとっては優良客である、胸を張ってもよいのである。で、あるが、このままではレシートは0円である。ビールの2000円はコインサーバーが飲み込んでいるのだ。空のジョッキが、嫌がらせの客ではないことを証明してくれるが、お金を支払わずレジを素通りする酔客を、ありがとうございましたと、見送る方にとってはただならぬことであるに違いない。

 で、私は無理をして、自分の食欲を総動員して、皿に手を伸ばそうとするが、かなわぬ。[そうだ、一番向こうに見えているマグロが目の前に回ってきたら取ろう]と、自分に言い聞かせるが、いざ近づいてくると、やっぱりスルーである。[よしっ、あそこのコーナーを回ったばかりのエビはどうだろうか?]なんて、考えているうちにお客は減っていく。私は優に2時間は座り続けている。てなことを反省している間にエビは通り過ぎて行ってしまう。たはぅ.....。やっとこさで、イナリや新香巻きなどの生でないものを、ふた皿食べて、レジに向かう。マニュアル通り[お寿司ふた皿でよろしかったでしょうか?]とアルバイトが尻上がりの声でとどめを刺す。長い昼下がりを過ごさせていただいてありがとうござる、と消費税を入れて210円をぽつりと払う。[ありがとうございました。またおこしください]と、また若いアルバイトの女性店員が、やや早足で立ち去ろうとする私の背中に向かって言う。愛想が辛い、が、自分では如何ともし難い。

 んで、次の日も公園に行きビールを飲んで本を読む。そして、思い付いたかのように[何か食べないと体に悪い]と自分に言い聞かせて、回転寿司に行く。そんなことが、長く続いていたのであった。とほほほの

今日のながらCD
TEARS ROLL DOWN(GREATEST HITS 82-92)/TEARS FOR FEARS

今日の一文
まわるまわるよ時代はまわる
別れと出逢いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩きだすよ            時代/中島みゆき


       天武人さん交野断酒会にまたおいでーよー。まってるよー

 
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by alglider | 2006-05-26 08:33 | 回復過程 | Comments(4)

涙が出ないのはなぜ…

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 夜の11時45分から朝7時半まで。バイトの拘束時間が7時間45分、睡眠が5時間ほどだから、で、残りは11時間15分となる。かなり優雅である、はずが、短い。とても短く感じる。自由時間で過ごす昼夜逆転はそれほど苦にはならぬのに、少しバイトするだけで、心が急くというか、だれかに時間を盗まれたかのようだ。ブログ更新もままならぬ感じである。ほんに時間は心の流れであることよのう、お咲き.....

 断酒会の体験談で、親の葬儀のときの話がときどきでる。[出席させてもらえなかった][喪主にもかかわらず、弟にすべて仕切ってもらう状態だった][その間、堂々とずっとお酒を飲んでいた][人前でお酒を飲んでも、咎められないことを喜んでいた][涙もでなかった]などなど.......

 そんなとき私も母親が亡くなったときのことを思い出す。クリスマス・イヴの早朝、癌であった母は淀川キリスト教病院のホスピスで息をひきとった。お酒は昼夜問わない日常的 なものだったが、母親の[よりよく死んでいくための]入院あたりからおかしくなった。個室だから、冷蔵庫にビールを冷やし、ベッドを眺めながら朝まで飲む看病(といっても、モルヒネで寝ているだけなのだが)だった。

 早朝の死は慌ただしく、葬儀屋がノートパソコンでちゃっちゃっと段取りを決めていく。[家紋は?][はい、左巴の縁なしです][祭壇は?][はい、中の上で][ご遺影は?][あぁ、笑顔じゃなくて、これを切り抜いてモノクロで][花は?]。当日、父は腑抜けになってしまい、依存症だが10年ほどお酒を止めていた兄が、放っておくと葬儀屋に仕切られそうになるのを、こちらら側に引き止めた。私は、近くの自販機にいったり、控え室備え付けの冷蔵庫からビールをだしたり、ドライアイスに埋もれた母に平行して横になったりしていた。

 アル中は、世間で飲んではいけない、ときになると飲みたくなる。しらふで目の前のことに対応できない。飲んではダメというマイナス地点から飲むと、酔い達するまでの落差が大きいから、アルコールの報酬効果が相乗効果でウルトラ倍増してしまう。そして、アル中がお酒を止めてから、生きづらいのは、なにも心の問題だけでなく、しらふで向き合う現実をこなしていくスキルの問題だったりもする。だから、ダブルバインドである。

 母の葬儀のときも父の葬儀のときも、私は涙はでなかった。涙で悲しみや、故人への思いが計れるものではないが、先の体験談のように[涙もでなかった....]という言葉がでてきたりする。涙なんてどうでもいいじゃないか、と言えるかも知れないが、[涙が止まらなくてね]とか[不思議と涙がでなくて]という感情の流れを、素直に見詰めてみたい。[あぁ、私はこのように涙している]とか[涙が出ないのはなぜ]というふうに。で、[涙を流さなければ.....]という脅迫もまた酔いの感情のような気がする。そこからは私は離れていたいと思う。捻くれ者のせいもあるが、自然な感情って難しいっていうか、気がつけば終わっている。余韻しか残さない。感情の渦中にいるときは、例えば[涙]なら、人は[涙そのもの]になってしまっているのだろう。

今日のながらCD
GETTING READY..../FREDDIE KING

今日の一文
人も羨むよな仲が いつも自慢のふたりだった
あなたとなら どこまでも ゆけるつもりでいたのに
突然の嵐みたいに 音を立ててくずれてく
涙が出ないのはなぜ 教えて欲しいだけさ
                           わたしはピアノ/桑田佳祐
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by alglider | 2006-05-25 08:52 | 回復過程 | Comments(2)

月派

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 眼鏡を壊してしまった(ToT;) 徹夜明け、やっぱり疲れているのであって、うかつにも眼鏡の鼻にかける部分を、机と手でもって、梃子の原理を利用してポキッとやってしまった(分かります?)。+1.0とか+1.5という出来合いの眼鏡だが、100均ではなく、3000円弱という私にとっては高価な買い物で、デザインも気にいっていたので、とってもつらいわー.......。また、これがアロンアルファでもくっ付きやがらない。あのバイクが壁にくっついたアロンのCM作ってた責任者出てこいっっっ!グスン.....

 で、帰りの車窓の風景は、遅い五月晴れで、家々の瓦や壁、木々や広告塔まできらきら光っていた。前々回[お酒を止めてから退屈しない]って書いたが、きらきら光る風景を見ていて気づいたことがあった。意識するにせよしないにせよ、否、むしろ無意識の領域で、この風景の情報が頭に満ちていて退屈しないのではないかしらん、と。知らぬ間に様々な風景、見えるもの聞こえるもの触れるもの、が頭の細胞の中を満たしていて、なぁ〜んの行動を起こさず、ぼーっとしていても退屈しないのではないか、ないか道頓堀よ と発見したのだ。

 お酒を止めている人からは[こんなに花が美しいなんて]といった感嘆がよくでる。次に続くには当然[お酒を飲んでいたときには、この美しさに気づきもしませんでした]である。で、これは昼の風景である。依存症者はやはり飲み歩いた夜を無意識に避けているのだろうか? 聞く事は聞くが、[昨夜の月が美しくて、飲んでいたときは.....]というのは、滅多にない。でも、あの悲惨な朝酒、昼酒も忌避したいはずなのになぁー、なんて考えていると、朝三暮四じゃなくて、晴耕雨読でもなくて、とにかく日の出と共に起き日没と共に寝るっていうか、まぁそのー健康的な生活を実践している人が多いのである。

 で深夜徹夜バイトであるから、これは断酒人としてはいかがなものかっ! むふふふ、でも私は捻くれ者だから大丈ビ。もともと月派であるし夜想の人である。夜の月は月で十分愛でるし、樹々の夜影も好きだし、夜の川面も素敵だ。でも、気を付けなければならないのは、自ら輝かぬのに輝く、という月のメタファーはアル中に直結しているところがある。というのは、酔いは自ら輝かぬ人を輝いているように錯覚させるからだ。時にはよいのである。普通の飲み方のできる人にとっては、プチ非日常、輝く人になってよいのであるが、中はいけない。ずっと錯覚しっぱなしで、本当に輝かぬ人となって、メタファーどころか銀河系から追放されてしまうのである。

 でも、頭と鋏と言葉は使いようで、悪い面ばかりじゃないというか、当然両面ある。誤解されたら困るんだけれども、自分で書いておいてなんだけれども[自ら輝かぬ.....]という考え方は正常に考えるなら実に素敵な考え方だ。

 化粧はせぬが、今日も夜の仕事に出かけます。今夜もご指名よー.......(^^)v

今日のながらCD
HARRY NILSSON'S GREATEST HITS/HARRY NILSSON

今日の一文
一房の藤の垂り花夜の底の地中にふかく伸び入りにけり       齋藤 史
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by alglider | 2006-05-22 08:18 | 回復過程 | Comments(2)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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