カテゴリ:アルコールと自由( 28 )

死んだ男の残したものは

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 同じアルコール専門病院へ入院していた仲間が亡くなったと電話が入った。3月2日午後10時57分、享年47歳。肝硬変、腹水で足から腹、体全体が膨らんでいたという。彼も断酒ができなかったのだ。飲んでは止め、止めては飲んで。ごまかし続けてたのだ。死者に鞭を打つな、というが、何回となく相談にのってきたのだった。その時その時のいいかげんな相槌でごまかしやがって。その電話で別のアルコール依存症者(彼も入院時期が一緒だった)が去年の9月、部屋で孤独死していたことを知らされる。彼は40歳に届いていないかもしれない。入退院の繰り返しで、もう病院に拒否されるところまでいっていた。「アル中だから酒を飲む」も正しいが「アル中だから酒を飲まない」も正しい。孤独死したヤツも正しく飲み続けていたのだろう。相反する正しさの中で「俺は大丈夫」と言っているヤツから死んでいく。いつもいつまでも大丈夫などないのだ。正しく絶望した者が生き残る。そして生き残りが唯一の私からの供養である。死んだ男の残したものは、言いようのない情けなさと無力感と怒りだった。合掌ぐらいはしてやる。
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by alglider | 2011-03-03 22:31 | アルコールと自由 | Comments(6)

一日の終り

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23:46

 二十余年


 ほど前に車の免許を取って、二、三年で運転するのをやめてしまった。更新はしているので当然ゴールドである。今はバイト先の社員証などがあるが、フリーで仕事しているときは何者であるかは免許証や保険証が身分証明だった。フリーというのは仕事の関係性の中だけで社会性を持つ言葉で、一歩そこから外れたら無職とよく似たものだ。


 で、なぜ車の運転をやめたかと言えば一番大きな理由は性に合わないからだった。二番目が、お酒を飲みたいからであった。飲酒運転はできない性分で、そういう意味ではお酒が入ると気が大きくなるタイプではなかったみたいである。逆に「運転するなら飲むな」をかたくなに守って、運転をやめてお酒をとったということだ。


 お酒を飲んでいるときには、飲んで運転している友人の車の助手席に座ることはあった。やっぱり気が大きくなっていたのか......しかし、アルコールを飲む飲まない、と関係なしに「自分だけは大丈夫」という気持ちは誰しも持っているものだ。そうでなければ、人は生きてはいけまい。世間は不慮の事故のニュースに事欠かない。これが「わが身にふりかかるかも」と常に気にかかりだすと、日々の暮らしはなり立つまい。


 しかし、お酒をやめてから、この「自分だけは大丈夫」と、持っていないと日々の暮らしが立ち行かないあいまいで不確かで何の保証もない「確信」が少なくなってきたような気がする。お酒をやめて以降、徐々にだが、まあ今日も一日無難に終えるだろう的あいまいだが安心めいた日々は少なくなってきている。


 毎日、毎日、車に轢かれないだろうか? この電車は脱線しないだろうか? このビルから何か落ちてこないこないだろうか? と不安がってなどいないが、ぼんやりと「ああ今日も生きていたなあ」と思ってブログを更新している。あいまいであっても不確かであっても持っていれば安心できる何かを失った気がする。ま、年と言えば年のせいですか。朝に礼拝、夕べに感謝、まではいかないが。ま、無事だったなという一日の終わりの安息が、死ぬことに近づいているなあ、という感覚と地続きになってきているのだ。


 でも、アルコール依存症真っ最中を続けていたら、このような加齢とともに芽生える自然な感覚は持てなかっただろう。ただ、依存症を経ただけに、持ってしかるべき「あいまいな安寧」という保障感覚は人より多く喪失したと実感している、今日このごろ。ま、そんなこんな。遅くなってしまった、もう寝よう。









只今のながらCD

LIVE AT WOODSTOCK / JIMI HENDRIX
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by alglider | 2009-07-14 20:58 | アルコールと自由 | Comments(0)

M よ

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12:47

 徹夜明けのまぶしい日射しの中を帰宅


 昨日は旧交を深めた後、そのまま仕事へ向かったのだが、話の中でY 君が「そう言えば、僕の知っているカメラマンも死んでなぁ......」と、出たカメラマンの名前が知っている人で、少なからず思い入れのある人だったので「うぅ」と呻吟してしまった。私の入院していた病院の裏手の道を挟んだところにも精神病院があって、そこはアルコール専門ということではないのだけれどもアル症患者も入院している。死因は脳の血管が破れたことに因るらしいが、どうもそこに至るにはお酒が絡んでいて、彼はそこで亡くなったのである。


 よく一緒に飲んだのだが、その当時、私の飲み方に比べても尋常ではないものを感じていた。熱血漢で人情家、ひと昔もふた昔も前の気質の人だった。酒の残る赤い目で、民営化になったときの国鉄保線区の人々を撮り続け、酒場を撮り続け、在日朝鮮人問題を撮り続けていた。所謂社会派であったが、私の遠慮を知らない頼みに応じて雑誌やコマーシャルも気軽に撮ってくれた。重い写真なのだが、どこか人の心が明るく切り通しのように抜けて見える写真だった。


 通天閣の真下にある一見さんお断りの老舗のバーも彼の紹介で知り、通うようにもなった。まだ私が酒のみであった時の話である。高いスツールに座って「マスター、こいつよう飲みよんで、これからあんじょう面倒みたってや」と私は紹介されたのだった。手作りの真空管アンプを通して、上質の毛布に触れたような温かい音でジャズが流れていて、壁には東郷青児の直筆の絵が壁に直接描かれているバーだった。マスターがグラスに氷を入れてくるくると回し、グラスを冷やしている。彼は、これから撮りたい写真を怒ったように乱暴な言葉で語るのだった。そして素面の時、根っから大阪弁の彼は、「すんまへんな」と言ってどこにも入り込んで写真を撮り続けたのだと思う。それが、声と抑揚と共に容易に想像できる、そんな人柄だった。


 一般病院では幻覚が酷く、暴れるので、その病院に辿り着いたのだった。想像だが、空手の覚えもあったので、面倒だったのかも知れない。私は、こっそりその彼の写真で本を出すと、そんな遠い将来をぼんやり頭の中で描いていたのであった。彼ならアル中の写真が撮れると思っていたのだった。が、その彼が、アルコールで死んでしまったのだ。しゃれにならない。


 Mよ、安楽かか、そこにいることは、私はもう少し生きているよ、こちらで.........君とそっくりな顔をしたお母さんを訪ねるよ.......会いに行くよ


 書きながら涙が止まらないのである........





只今のながらCD

中島みゆき[紅灯の海]レフレインで.......レクイエムとして



けがれなき者よ、この海に迷い込むな
幼き者よ この海に憧れるな
あてない明日と しどけない過去の日々が
すれ違うための 束の間の海だ
櫂もなくして舵もなくして 浮かれ浮かれ身も世もなしに
足は千鳥となり果てて 遠い月夜を物語る
紅灯の海に漂い ひとつふたつの思い出を抱き
紅灯の海は優しい 海と名の付くものは優しい


かもめよかもめよ 真白き指先は
手招きするか 別れを告げるのか
忘れたそぶりの 忘れえぬ面影が
灯台のようにひるがえる海だ
どこへ帰ろうどこへ帰ろう 浮かれ浮かれあてどもなしに
足は千鳥となり果てて 遠い月夜を物語る
紅灯の海に漂い ひとつふたつの思い出を抱き
紅灯の海は優しい 海と名の付くものは優しい

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by alglider | 2007-05-07 12:39 | アルコールと自由 | Comments(10)

また変なものを見た

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 只今、午後11時43分。徹夜仕事が明けてからまだ寝ていない。昼、摂津連合の月例会に行ってきた。会場のある高槻には高校、大学と後輩だった友人(BEATNIKSさん、横山のことですわ)が喫茶店をやっているので、久しぶりに顔を合わせる約束をしていたこともあってね。で、分かる人には分かるのだけれども、交野市断酒会の怪変人Tさんも参加したはりました。分かる人へのご報告です。

 疲れていますから、サクッと書きますが.......改めて[変だな]を実感した。お酒を止める生活イコール断酒会生活(またはその逆)になっている人が、やっぱりいたはるのだ。最初のうちはそれでいいのかもしれないと経験上思うのだけれども、長いこと止めている人の中に結構このタイプの人が多い。断酒会生活が特権化してしまっている人が。娘が帰ってきていたときに思ったのだけれども、私がお酒を止めていることは、[今、ここで娘と話したりしていることの中にしかない]ということだ。お酒を止めている実践というか生活というのは、そういう毎日の関係の中にしかない。お咲きさんと話すことや短歌を作ることや旧友と想い出を分かち合うことの中にしかない。我慢や無理や苦労とは言わないが、そこいらを精一杯やることの中にしかない。で、そんな毎日の中で、断酒会の2時間は、まぁ言えば[気を抜きに行くのである]。昔はこんなことがありました。今はこんなんです。それを分かってくれる人が例会にはいたはるのである。で、私は4ヶ月振りに行ったのだけれども、「やぁやぁお元気でしたか」などと挨拶をかわしてリラックス状態。例会で声高に堅苦しいことを言って、家に帰れば[俺が黒と言えば白も黒だ]みたいな生活をしているとは、とほほのなのである。

 お酒を止めても(止めたゆえに)、過去の利権だけは保持したい人がいるが、それは本末転倒もはなはだしい。そういう人に、何もかもお酒で失いました、という白々しい嘘は言ってほしくはない。

 誤解を恐れずに書くと、お酒を止めていることは例会以外の時間にある。どれだけ例会がお酒を止めることを助けてくれても、例会しか止める手段がないといっても、お酒のない生活は例会以外の時間だ。例会は、日々を頑張ってから、気を安めに行くところ、またはそのひと人によって助けを求めるところ、緊急避難所、です。生活形態や条件によって厳密な線引きは難しいかもしれないけれども、私は本末転倒にはなりたくはないし、見たくもない。ぜんぜん、サクッといかなかった。語気荒荒ですね。筆不足のところはごめんなさい。

*今日は下の短歌のようなこんな感じだ........


今日の一文

匂いたる朝のタオルが一日中われの匂いとなつてしまえり           足立晶子




今日のながらCD

DREAM OF LIFE/PATTI SMITH
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by alglider | 2006-09-11 09:21 | アルコールと自由 | Comments(3)

人間らしく 納得して

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 故・今道先生がフランクルの態度的価値の重要性について語られるとき[人間は、やはり納得して死にたいんですよ]と、結論付けられていた。長いアルコール医療に関わり、そのことを自分の人生の中に照らし合わせて、導き出されたのだと思う。私も、人生を全うするなんておこがましいことは考えぬが、いかに中途の死であっても[あぁ中途なんだな]と、中途であることを納得はして死にたいものだ。

 断酒会でこの言葉が語られるときに[人間らしく死にたい]という言葉になるときがある。よく話を聞いていると文脈上[納得して死にたい]と同じ意味、効果を狙って語られている。随分乱暴だなぁ、と思う場合がある。[人間らしく][納得して]死んでいく、ことの間には分かちがたいものがあるだろうけれど、[人間らしく]のほうには、『国家の品格』のように、よそ様から見た方が正確なこともあって、なかなか思うままに[人間らしく]死んでいくことは難しいが、この国は死者に鞭を打たぬから、放置プレイのように、人は[人間らしく]死んでいくことができる。

 だけれども[納得して]死んでいくのは難しい。これは個人個人が、ちょっと胸に手をあてて、きゅん、なんて反省してみると、いとも簡単にその難しさが分かる。で、話は変わるようだが変わらない。断酒会で[身空ひばりはアル中で死んだ][石原雄二郎もだ]なんて、アル中事情通のように言う人がいるけれども、なぜそんなことを、今この場、で言うのか理解に苦しむ雰囲気のときがある。美空ひばりも石原雄二郎も[納得して]死んだかどうか分からないが、でもそこに、アル中で死ぬこと→[人間らしく]死ぬことが難しい→[納得した]死ではない、的な短絡した三段論法が働いている場合があって、私は随分と変わったことを言う人だなぁ、と思ったことがある。

 今から都島の昼例会、で夜は酒害相談講習、へてから徹夜バイトと。時間がないので構成なしに書き放っしにて失礼m(_ _)m 

只今のながらCD
peace and noise/Patti Smith

今日の一文
町のはずれに
塀があるので
曲り角のすじに体をあて
どちらも世界だと思い
はしゃいで
かわりばんこに見ていたら
弱ってきて
どちらかの世界へ
肩から倒れこみそうになったので
塀に
へばりついた                          休日 松下育男
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by alglider | 2006-06-07 10:54 | アルコールと自由 | Comments(1)

暗澹たる暴力 2

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 以前、暴力を極力避けてきた、みたいなことを書いた。中学校に進むと、幾つかの小学校から生徒が集まるわけだから、これから同窓の仲間となるまだ見ぬお友達のウワサといえば、容姿、学業、スポーツ、んでケンカという名の暴力などなどである。私みたいに[小学生の時に歯磨きポスターコンクールで○○賞を貰いまして.....]なんていうのは論外なのであって、次回コンクールの中学の部の発表までまたなければ存在は認知されないのである。で、ケンカには次回も次次回もないのであって、即、存在がアピールできるのであって、入学式当日から有名になる人物もでてくる。

 暴力もアル中の報酬効果の脳内回路と一緒で、一旦発露して、その論を待たない短絡思考(嗜好?)にはまり、優越的恍惚の報酬を得ると脳内回路ができあがってしまい、そう簡単にはというか、一生消えない、と思う、多分。単純に暴力に関わることが恐くて、私には忌避する回路はできたけれども、幸いにも暴力による報酬効果を得る回路は、アプリオリなものを除いて、形成されてこなかった。

 幼いときから徐々に形成されてきた暴力の脳内回路は、大きくなって如何に立派な人格と外観を形成しようとも、抑制することは可能であっても消えることはない。断酒ならぬ断暴の覚悟が必要なのかもしれなくて、それには物に暴力的に当り散らしても、対処療法ではあるが解決にはならない。でも、暴力的欲求のまったくない人はいないのであって、多くの凡夫はそのように、人以外の物に些細な暴力的なものを発散して日々をやり過ごす。

 そこにアルコールが加わると、己を取り囲むやり場のない環境、四面楚歌打破のために、手っ取り早い暴力は文字どおり手っ取り早いのであって、その上優越感も与えてくれる。醒めると、更にアルコールも必要だが、エスカレートした暴力も必要となってくる。謝罪しなければならねばならない時、自分を弱い人間だと認めたくない時に限って、暴力はその効果を発揮する。しかし、それでは永遠に相手を支配下に置かねばならず、当然それは叶わず自壊する。するが、そのころは荒野であって、回りには誰もいなかったりする。

 回りにいた人間、暴力の恐怖にさらされた人の事を語る言葉を私は持たない。また、受け止める感情の皿も持ち合わせていない。断酒会に行ったときに聞く家族の話におののくばかりである。ひたすら暗澹たる気持ちになる。

 言葉の暴力のことは、また今度、って、[続く]とか[また今度]が多すぎるよなぁ........まぁ、その話もまた今度ということで.......うぅ

今日のながらCD
YUI ORTA/IAN HUNTER & MICK RONSON
強烈なブリティッシュロックの雄、お二人の組み合わせ。叫び、シャウトし、裏返るイアンのボーカル、ウネル、引っ張る、きしむミックのギター。これぞの一枚ですが、二人とも亡き人であることが寂しいかぎり。

今日の一文
世界の重みとじぶんの重み
外側の重みと内側の重みが
一対一でつり合うやうに
挑むやうに 拒むやうに
まっすぐあなたは歩く
  決して 行列に参加するのではなく
                             歩行(抜粋)吉原幸子



       天武人さん交野断酒会にまたおいでーよー。まってるよー
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by alglider | 2006-06-05 15:58 | アルコールと自由 | Comments(1)

暗澹たる暴力

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  仮眠をとります.......(_ _;)zzzz......夜の10時までには更新予定です......

 写真は、もちろんEXPO'70ではなくて、JR京都駅ビルの名所(?)の大階段。京都平安会の記念大会の帰りに撮りました。まぁ、初めての人は大概びっくりする異形の駅ビルです。賛否両論あるなか、私は消極的“賛”派ですが、デザイン重視でしょうか、ところどころある透明のフェンスは子供や老人に危険であります。当日なぜかハワイアンの演奏とフラダンスをやっていたけれど、めちゃ季節外れを否めませんでした。現代的なデザインを[遠い記憶]のようにするため、わざと露光オーバーで撮影しました。[さつえい]を変換すると【撮影】の前に【薩英】がでる、いつの時代の重要度なのだろうぅ........

 閑話休題。私はプロレスやボクシング、また映画のハードアクションものなどを見るが、だからといって、なにも争いごとが好きなわけではない。これまでの人生の中で、そりゃ揉め事ぐらいはありましたし、実際の暴力にも遭遇してきました。でもそれは、外を歩けば雨に打たれたり、風に吹かれたりする程度の、だれにでもある普通に想像できる人生の範囲のことです。私個人は現実の暴力というものを、引きこもりとは言わぬまでも、先取りの不安として感じていて、実際回り道などをしてかなり忌避してきたほうです。言ってみれば暴力を恐れて生きたのです。

 断酒会の体験談では暴力の話がよくでます。本人から語られるそれよりも、家族からの言葉はやはりやりきれない。亡くなった今道先生が、ある断酒会で家族の話を聞いて[ようこんだけ悪いことをしてきよったな。おらん方がましやな]とおっしやってました。アル中を助けてきた先生がです(_ _)

 私も酒害者本人でありながらも、家族が受けた暴力の体験談を聞くと暗澹たる気持ちにさせられます。殴る蹴るは当たり前、と言えば全く変ですが、やっぱりベーシックなもののようです。顔を殴ると人目につくので、腹を殴られていたという体験談を聞いたときは、圧倒的な暴力ではなく、圧倒的に自己を防衛しながら相手を管理する支配下に置く姑息周到な暴力に、自分の気持ちをどう整理したらよいのか分からなくなりました。アルコールが理性を抑制し本能をむき出しにさせる、と聞きますが、攻撃と防衛本能が出るのでしょうか.....しかし[本能むき出し]論だけでは割り切れないものを感じます。実際の暴力を振るう代わりといって、奥さんの衣服を切り裂く話に至っては、更に深く絶望を誘います。

 出勤の時間が近づいてきたので、[続き]にします。
 が、圧倒的事実に対しては圧倒的物語が用意されなければなりません。しかし、普通そのような深い闇をくぐり抜けていく才能というか能力は作家が身に付けようとする態度です。だから凡人は[語り続ける]という[行為の物語]をするしかないのかもしれませんが、やるせないし、正直な話、その場への参加はしんどいことです。

今日のながらCD
Shepherd Moons/enya

今日の一文
母の日はたちまち昏れて水中の鼠がねずみとりごとうごく         塚本邦雄


       天武人さん交野断酒会にまたおいでーよー。まってるよー



 

 

 
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by alglider | 2006-05-29 08:41 | アルコールと自由 | Comments(4)

アル中ってマイノリティー?

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 散歩もかねていつも歩かぬ通りをぶらぶらして、ゆっくりとバイト先から帰ってくると、朝の10時前だった。久し振りにNHK教育の番組を見る。9時から12時までは小学生を対象にした教育(?)番組で、これがめっぽう面白くてファンなのである。昼からの仕事をすることが多かったので、何年も続けて見ていることになる。4月の番組改編でも、あれが残って、これが無くなるかぁーと、プチ評論家気分。で、最近秀逸なのは、何と言っても[ピタゴラスイッチ]ピタゴラスイッチ-wikipediaだ。NHKは時々、民放がやらぬハイセンスなナンセンス番組を作る。[ハッチポッチステーション][クインテット][日本語で遊ぼ][体で遊ぼ]などなど、子供は無条件で楽しみ、大人はその隠し味にニンマリとする。近所のスーパー、イズミヤで[ピタゴラスイッチ]のアルゴリズム体操が流れてきて、店内で体が動いてしまった。
 そうそう、小学5年の理科[サイエンス ゴーゴー]に吉本の知る人ぞ芸人だったの幹てつやを起用したのも快挙の一つです。

 閑話休題。大阪梅田の堂山界隈といえば、セックスフリーのサンクチュアリで、ホモやビアンやオナベやシーメールやジョソコの人が、夜な夜な集っています。私がよく飲みに行っていたMJ(今も、茶、しに行きます)が入っているビルは、ぜーんぶホモバーでMJだけがノンケ(また違った意味でここはクレージーなのですが)でした。ノンケのバーの方が肩身が狭いw。

 その界隈に●●館っていう[発展場]があります。発展場というのはホモの出会い旅館というか、ホモだけのサウナっていう感じかな、うまく言えませんが、とにかく、ホモ人間関係の[発展]を求めに行く[場]なのであります。まぁ、バーで遅くまで飲んで、帰れないから泊まるっていう利用もあるんでしょうが.....。

 で、断酒会やAAも[発展場]的な[場]なのだと思う、今日このごろ。多くの友達やまた家族もなくして孤独であったり、自分を許せないために孤独であったり、同じ悩みや後悔や[明るい]未来を共有する人が、その場でしか語れないことを語り、人間関係を再構築していく......って書いて思ったんだけれど、ホモを公言して芸能人になれるけど、いくら、所謂バラエティーというものに才能があっても、アル中を公言してタレントにはなれないかも......そう考えるとアル中って、今さらながらに、かなりマイノリティーだ。やはり、破壊したものが大きい。ホモって何も破壊していないし、人間関係の中で人を巻き込み傷つけたりしていないもんね。単に性のマイノリティーであって、社会問題としては人権の問題であって、社会的被害者、弱者ではあるかも知れないが、加害者ではない。

 って、初めに書こうと思っていたことから、ズレてきて、アル中って、病気といえどもかなり認知ってのは難しいことに思い当たってしまった。[場]のことを書こうと思っていたんだけれども、頭の中はマイノリティーのことに......アル中にとってマイノリティーってどう意味付けしたらいいのだろう? マイノリティーっていう言葉を用いること自体が間違いで、なんか、このぅ、今、頭ん中に浮かんでいるモヤモヤをややこしくしているのかなぁ......

 ダメッ!だっ。頭が働かなくなった。ペンディングっていうことで........テンツクテンツクテンツクテン

追記/マイノリティーっていう言葉をどこかの断酒会で聞いて、オートマティックに使ったけれど、やっぱりマイノリティーはアル中には適当な言葉ではないなぁ。基本、病気だもんな。アル中に関連する偏見はマイノリティーっていう視点では解けないし、問題を見誤るような気がする。どこで聞いたんだっけ.....


今日のながらCD
BOOTLEG LIVE/THE STRANGLERS

今日の一文
男囚のはげしき胸に抱かれて鳩はしたたる泥汗を吸ふ      春日井建
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by alglider | 2006-05-23 08:48 | アルコールと自由 | Comments(4)

無用の用

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 年末年始に年賀状の内勤のバイトをやったとき、体を動かしたので中性脂肪が減った。私の場合、中性脂肪やコレステロールが理由もなしに増減する。医者も首を傾げる。で、血液検査の項目にCPKっていう国家秘密警察みたいなんがあるのだけれども、1月の検査数値が正常最高値190までのところを357と大幅に上回った。先生が一言[体動かし過ぎ、筋肉細胞が壊れている。CPKってそれよ]。たはっ(-o-;A)。何ごとにも熱中するアル中でしらー。んで、今回の深夜郵便局バイトも撲滅中性脂肪、打倒メタボリックシンドローム計画という事で張り切って行ったのだが、立ち仕事である。黙々と私書箱の郵便物を分け数える。よって、手首腱鞘炎、指関節痛。よ、よって、インドメタシンの世話になっている。

 閑話休題。コーヒーを煎れる場合なんかに、湯を沸かすとき、まず不必要にヤカンに水をいっぱい入れる、そして無闇にコンロの火を最大限に開く。で、沸騰すると、湯がジュジュッと吹き出す。お咲きさんが[男の人ってどうしてこうなのかしら? 大体、あんた、火は酸化反応だから火の先端部分をヤカンの底に当たるようにせんと....そんな大きな火だと炎の真ん中部分、温度の低いところが底に当たるでしょ]。ごもっともですm(_ _)m。ところで、お咲きさんは、男という生物が嫌いである。公言してはばからない。多分、私との結婚も、実家からたびたび強要されるお見合い対策だったのかもしれず、引き算して引き算しての結果なのである。

 一方、私は女性という生き物を畏れていて、かつ、うらやましく思っていたところがあった。だから、二人とも、世間で言われるプラス指向の自分にとって最高の伴りょ獲得ではなく、いかに自分にとってロウインパクトであるかというマイナス指向で、私たちは一緒に暮らしだしたところがある。まぁ、アンチ最高といえば最高だが。お咲きさんは仕事は自分の事と捉えているので、結婚しても、子供ができても、止めなかった。まぁ逆に、私が阿呆ほど稼ぐのだったら、仕事なんかしないっ! と矛盾したことも言いますが、それはそれなのであります。

 だから、私がアル中で仕事が立ち行かなくなっても、ダブル イン カムの裕福さはなくなったが、経済的には困らなかった。アル中の問題は、私個人の問題としてあって、お咲きさんはそのように対応した。まぁ、会話の際、暴言、暴力はなかったが、論理矛盾が訂正できないのと、物忘れ、これにお咲きさんや娘は呆れていたようだ。ACのことを知って、娘のことを思い、そのことお咲きさんに相談すると[あの子が、お父さんのことをどう思っているかは知りませんけれど、あの子は大丈夫です]って、投げ放っしジャーマンスープレックスをくらわされてしまった、そんなぁ、とほほほの

 で、アル中になった私であるが、お咲きさんにとって、それはそれで大変というか、困ったことであったのだが、男という生物が嫌いであるから、私は世間にいる男という生き物よりややマシ、ということで救われたのである。なぜ私が、お咲きさんにとって、世間の男よりややマシかといえば、私は元来、世間と合わない脳天気 (私は、お咲きさんに[本当にアンタって脳天気やねぇ]と言われたとき、褒め言葉と勘違いしたぐらい脳天気なのである) であるから、世間にとってはほとんど無用の男であり、益荒男とも無縁である。それは、とりもなおさずお咲きさんの引き算にとって[まだマシね]と残される可能性、隙間があったということなのである。私が、世間に有用な益荒男であれば、家庭は崩壊し、お咲きさんは烈火のごとく怒り、蛇蝎のごとく私を憎み、むちゃくちゃでござりまするがなぁ、状態になっていたのは間違いない。

 生物的に子供も作ってDNAも引き継がれたし、生き物としての私の雄の役目は終わったわけで、女性にとって、お咲きさんにとって、私はますます無用になってきたのである。で、私はどうするかと言えば[無用の用]を生きるために探すしかないし、お咲きさんに向かって[無用の用]としての存在意義を示さなければならないのであって、再飲酒すると、ほんまもんのただの無用になってしまうのだった。

 さぁ、今から徹夜バイト[無用の用]に出発準備だぁー!

今日のながらCD
めんたんぴん 1976〜1977/めんたんぴん
*昨日から、めんたんぴん、ばっかり聞いている。

今日の一文
人も馬も渡らぬときの橋の景まこと純粋に橋かかり居る        齋藤 史
*これって無用の用だよなぁ
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by alglider | 2006-05-21 13:55 | アルコールと自由 | Comments(4)

アニラさんへ、私の立場、分かっちゃいるけど止められない

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バカボンのパパの写真はECHOESの慎さんの提供です。

ホントに人間は難儀な動物やなぁ〜
酒やタバコは生きるのに必要ないもんね。
そんなものに、時間とお金と命を浪費して・・・

 何度も書きますが、私は、人間を難儀な動物やなぁ、と愛おしく思っています。その思いの上にたって言うと、その続きとして[酒やタバコは生きるのに必要ないもんね。そんなものに、時間とお金と命を浪費して・・・]という否定的(私はそう読みました)言葉は、私の中で思い浮かびません。私が[難儀]って使っているのは肯定的なんです。生きるのに直接必要でないものが愛おしいですし、浪費するお金はあまりありませんが、時間と命を浪費するのが愛おしいのであります。スーダラ節の[分かっちゃいるけど止められない]というのが、私の感性ですし、そういう意味なら同感です。その上で止める、止めない、が個人の勝手としてあると思います。アルラさんは[〜浪費して・・・]の後の・・・に何が続くと思いますか? 何を読み取ったのでしょうか? [分かっちゃいるけど止められない]を読み取ったのでしょうか? 

 猫の眼を通した人間へのお言葉ですが、私は猫へ[猫さん、あなたは酒もタバコも知らなくて、時間と命を浪費できなくてかわいそう]という立場です。私は浪費するから真っ当な凡人の一生だと思います。しつこいようですが、お金は浪費できませんが[時間と命を浪費する、VIVA! 人間]という立場です。だから同感ではないのです。いつのまにか同感が同意になって話はややこしいですが.........。

 酒とタバコは生活の余裕の産物って、以前からあるし.....蔓延したのは余裕とは逆の高度資本主義の中で余裕がなくなりストレスがあるからじゃないですかねぇ.......
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by alglider | 2006-05-18 18:08 | アルコールと自由 | Comments(4)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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