カテゴリ:アルコールと自由( 28 )

ひらく (マッチョな断酒会 その3)

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 多分、どこの出版社でも言うのだろうと思うけれど、私のいた出版社では、漢字をひらがなにすることを[開く]と言った。だから、[開く]を開くと[ひらく]となるわけです。やっぱり難しい漢字を並べると、硬い、お利口さんの文章にみえるし、ひらがなを多用すると、柔らかい、身近な人の書いた文章のように思える。で、私はこの[ひらく]という言葉、言いまわしがとても好きだ。漢字をひらがなにすること、ただそれだけのことを、ひらく、というなんて.....それこそ、以前書いた、梅はこぼれる、の感受性と同じものを受けとる。

 別に、ひらがなが特に好きなわけでもないし、ごひいきにしているわけでもない。小難しい漢字も大好きだ。小学生のときは覚えた漢字はすべて日常的にいつも使えと父親の教え込まれたし、高校生のころは旧漢字に凝ったこともあるし、ノートに難解漢字辞典を作っていたこともある。その辞典の名前が[晦渋のその甘き香り](どうよ!)というもので、その時点の私には[晦渋]という言葉が[晦渋]だったのねんのねん。結婚してから、お咲きさんに言うと[きゃっははは]と一笑に付されてしまった....(^o^;) そのうえ、大学の卒論審査では、審査担当教授に論はよいが誤字が多いと、情けない顔をされもした.....とほほ.....そらぁ一日で書き上げたらアカンわなぁ....

 同じ見る行為でも、[見詰める]って漢字にしたら観察や実験ぽっいニュアンスを忍び込ますことができるし、[みつめる]って開くと、まなざし、思い遣りの気持ちまで含めることができる。漢字過多用、ひらがなが続きすぎるなど読みやすさを含め、こんなことも使いこなせるのがプロの書き手、編集者っていうものだろうけれど、私の場合、気になる程度だから、校正ばかりやって文章は遅々として進まず、ブログも深夜までにおよび、んでもって睡眠障害を起こすわけです。

 でもって、一日断酒、例会出席、この四言絶句もなんとか、開くことができないかしら、と思っているのだ。そんなに難しい漢字じゃありませんぜボス、っていう声も聞こえてきそうだが、ここでいっているのは、硬直した観念のひらがな化のことだ。一日断酒、例会出席を、なんとかもうちょっと桃尻枕草子風みたいにできんもんかなって、思とるわけですわ。つまり、桃尻断酒会ですわ(^o^;)

 けふいちにち、わたしはおさけといふものを、のまないわよ.......ひがなそふおもってるんですもの.....だから、あつまりにだってまいにちかおをおみせするわ......いとしいかたがいるんですもの......

 カタカナは取りあえずAAにまかせるとして、一日断酒、例会出席の四文字熟語は般若心経のように懐においといて、これからの自助会には[ひらく]といことが必要になってくると思うのだ。高齢者のアル中も増えているけれど、新しい世代のアル中も増えるんだもの、漢字とひらがなは使い分けなくっちゃ。でも、右脳、左脳があってどちらが利き脳?ってかんじのように、漢字脳、ひらがな脳もあってちゃんと両方トレーニングしなきゃなりませぬぬぬぬ.........でも、うつくしいひらがなってとてもむずかしい.....漢字はある意味とっても簡単なのよぅ.....だから桃尻断酒会なのよー....なによっ、桃尻ってバカにして、教養だっているんだからっ!

今日のながらCD
日-WING/中島みゆき

今日の一文
船焼き捨てし
船長は

泳ぐかな                                   高柳重信


 
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by alglider | 2006-04-20 12:40 | アルコールと自由 | Comments(5)

正常ということ その2

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        私の耳は貝の殻…海の響きをなつかしむ…って海坊主さんっ!

 お咲きさんのJ.S.BACHのCDを聴きながらキーボードに向かっている。深夜だけれども気分は早朝、FM・NHKの[バロックの森]にいるようです。♪ティンカロッテッテララッホッー.......。この薄墨桜のスキン綺麗やし気に入っているんやけど、しかし、重いですなぁ......。今日、マイ断酒会に向かう駅で、早くも燕を見かけました。毎年飛来するのです。化粧品屋さんの店員さんが二人、看板を見上げながら、巣作りの対策を相談をしていました。店頭が燕のフンで汚れるのは、春の風物詩でありゃぁす。

 [地震や火事になったら逃げることだよ]

 逃げる意志があって、逃げ遅れるのではない。多分、お酒が私を満たして、そして、去って行こうとするときに、地震や火事に遭遇していたら私は、願うでもなく、嘆くでもなく[あぁ、地震なのだ、私は埋もれてしまうのだな][私はこの火で燃えてしまうのだな]と、ぼんやりとした、ほんのぼんやりとした確認だけをして死んでしまっていただろうと思う。不思議などうしようもない感覚の中、でもそういう[私]というものがあっただろうと確信する。書きようがないような気もしますが、ゆっくりと続けていきますすす......。そうだ、なにか、ぼんやりと今、自分に起こっていることを、自分が迎える事態を[許す]という気持ちに近いような気がする。それが、思い上がりなのか、傲慢であるのかは、後のことだ。ぼんやりとそのとき[許す]というのが、お酒でどうしようもなくなり、お酒が去っていくときに、自分の中に湧き起こってくる、薄汚れた感情だ。感情....?一切どうでもよいという斧のような諦念でもないし、どうにでもなれという投網のような自暴自棄でもない。たれがたれを、なにがなにを[許す]のかも分からぬ、そんな薄汚れた感情だ.......。

 バロックで清清しく始めたのが、何となく暗くなってもた、さぁ[正常ということ]が手に負えるか.....疲れましたので、この項つづく......

追伸/リンクとかした時、小さい記号やアルファベットが下の欄でコチョコチョって左右に動くでしょ、これってバロックのリズムにぴったりですぅぅぅ.....

今日のながらCD
J.S.BACH/COMPACT DISC EDITION

今日の一文
水より生まれ水に還らん生き物の一人と思う海恋うる日は
                        道浦母都子
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by alglider | 2006-04-15 13:39 | アルコールと自由 | Comments(3)

正常ということ その1

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               釣瓶落としさん、春ですぜ

 アルコール依存症と診断された人ならKAST、いわゆる久里浜式アルコール依存症スクリーニング・テストを受けた人も多いと思う。簡単に説明しておくと、飲み方が正常なら0もしくはマイナスポイントが付き、異常ならプラスポイントが付く。14問回答して、合計点数2.0以上は重篤問題飲酒者、0.0以上が問題飲酒者となる。マイナスポイントなら正常なのね、っていうわけ。最高は21.3ポイントである。
*過去6ヵ月内で、という注がつきます。

 さて、第一問は[酒が原因で、大切な人(家族や友人)との関係にひびがはいったことがある]というもの。経験があれば、3.7ポイントで、なければ-1.1ポイントである。次、第二問[せめて今日だけは酒を飲むまいと思っても、つい飲んでしまうことが多い]当てはまれば3.2ポイント獲得、違ったら-1,1ポイント。次いってみよう!第三問[周囲の人(家族、友人、上役など)から大酒飲みと非難されたことがある]ハイは2.3ポイントゲット、イイエは-0.8ポイントゲット。多分、14問やらなくてもここで壊滅状態というか、すでに重篤問題飲酒者である。私なんぞ第十三問目の[酒の上の失敗で警察のやっかいになったことがある]でやっとイイエって回答できたのに±0ポイントってどういうことよっ!失礼しちゃうぅぅぅ(>o<)

 要するに、初めの三問で得点をゲットしてしまうと、後のマイナスポイントは少ないから、即、中、です。挽回不可能ですKASTは。質問の内容を見ても分かるように、アル中がいかに人間関係、社会性の中で診断されているかが分かる。それはそうで、無人島でいかに浴びるように飲んでも、それは内科の領域である。ちなみに私の仮面を被って社会生活を送っている、かつての飲み友達(いまも一生涯の友達ですが)は、男女問わず、即、入院の高得点ホルダーです。

 普通に酒を飲む、正常に酒を飲むということのハードルがこんなに高い、逆に言えばアル中と診断する基準のハードルがこんなに低いとは思わなかった。アメリカなんぞでは、ますますそのハードルが低くなっている模様で、バーでの深酒、カウンターで寝てしまう行為、血液検査で一つでも異常値があれば.....という厳しいものらしい。

 んで、入院中の私が考え続けたのは[正常ってなによ]ってことだった。このKASTはひどいっ!再起不能やないのっ!そこまで言わんでもっ!とどのつまり、あんまりやないの、堪忍してよ、と思ったのだ。いまでも、ちょい思っている。まぁ、点数で判断するってことは、こういうことで、私のように考えるためにあるって思ってもいいかも知れない。で、考えても考えても分からない。ついに退院のときまで答えがでず、看護長さんに退院の挨拶をと言われたときに[私は異常でいいですが、正常ってなんですか?]と尋ねたのだった。入院時の主治医は[その答えは難しいね]と笑っておられた。

 んんで、クリニックに通うようになって、この話をクリニックの主治医にして、同じ質問をした。答えは実に簡単でひと言で、頭のいいパンタさんがそんなことが分からないの、とついでに褒められもした。うっふん。

 [地震や火事になったら逃げることだよ]

 私は、地震が起こっても、火事になっても逃げ出さなかったであろう過去を思い返してみた。私のアル中真っ最中はそうであったたたた......

* 長くなったので、この項つづく.......

今日のながらCD
THE SINGLES/PRETENDERS

今日の一文
膝を組み代えるだけで
ただそれだけで
一変する思考がある
世界が変わるとは言わぬにしても
すくなくともそれに
近いことが起る
ささやかな動作が
もつ重さを
ときにはおそれるために
生まれてきたではなかったか
私たちは
                                膝・2 石原吉郎 
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by alglider | 2006-04-14 13:38 | アルコールと自由 | Comments(7)

さ、桜だっ に逃げろっ(マッチョな断酒会 その2)

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             ど、どうしましたサラリーマン山田さんっ!

 5日に大阪城公園を横切ったときは、まだ肌寒く降ったり止んだりの空模様で、桜も七分咲き。本来淡い桜色の花びらも、雫を抱いて風に吹き飛ばされぬよう、頭をさげている。重く薄暗く、そして低く張りつめた雨雲を映して、もともと淀む堀の水もことさらに憂鬱だった。

 ぽかぽか陽気とはいかなったけれども、今日(9日)ぐらいが花見のピークだったかもしれない。私も、今週は二回花見を誘われている(三回の予定だったけれど、一つは主催者の都合が悪くなってしまった)。二回のうちの一つは以前の飲み友達(ほどほどの酒が入るとかっこいいロケンロールギターを弾く。それ以上飲むと危険人物)とその彼女と彼女の両親。もう一つは、アル中のときによく寝泊まりしていたバー(今も茶を飲みながら、そこでよく過ごす)主催の大花見宴会で100人以上が集まる。西は鹿児島、東は東京と毎年この花の宴を楽しみにしている繋がりの濃い客も多い。私は酒を飲まぬし、天麩羅や北海道から取り寄せるというラム肉の担当をしたり、後片付けも手伝ったりして、参加費を割り引いてもらうのである。

 断酒会では[酒のあるところに身を持って行かない。飲まない仲間のところへ身を持って行く]という話がよくでる。初めてこれを聞いたとき、いくら先達の知恵といえども困ったなぁ、と思ったものだ。確かに確実な方法だし、アル中にはその方が賢明だ。しかし、私は、アルコールは薬物だけれども、ただ薬物を個室に隔離されて飲んできたわけではない。回りには友人がいて、酒場には酒場でしか得られない知恵もあった。私にはそれらを捨てられないなぁ、と思ったのだ。私にとって断酒は何もかも捨てた新しい[もうひとつの人生]ではない。それは隣にある、今でも続いている[パラレルの人生(世界観)]だ。

 退院したとき友人から[飲まない君とも楽しくやっていけるよ僕は]というメールをもらった。実際、私の飲み友達は、目の前で私が酒を飲もうとでもしたら、ロープで手足をしばってしまいかねない連中だ。まったくもって有り難いことである。私は確実で賢明な断酒よりも、私にとって必要な断酒をしている。マッチョな先輩断酒会員からの[そんなことをしていると、どうせ転びよる]という声も遠くから聞こえてきそうだが....。

 んで、去年の一月に退院してその年の四月、だから断酒三ヵ月でその宴会には参加している。今年も楽しみなのである。花見だ酒宴だ逃げろっ!とは私はいかんのである。アル中で半分死体だとしたら、残りの半分を殺すわけにはいかぬ。なぜなら、これからも新しい仲間や知恵との出会いがあるだろう、その出会いのための、血と肉となっている私の過去が宿る残りの体であるからであるるるる.......

今日のながらCD
David Bowie Live in Montreal1983/David Bowie

今日の一文
すべて裸体の思想というものを彼は恐れていた 美しいものは必ず人間を殺す それが彼の口癖だった
                              黄金幻想(一部) 田村隆一
 
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by alglider | 2006-04-09 15:48 | アルコールと自由 | Comments(3)

ANARCHY IS NO DEAD

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            ぬらりひょん様またそんなところでお戯れを…


 夜を彷徨い重いBarの扉を押す日々もあった。ある日、早い宵のかかりに、誰ももいないカウンターに座っていると、BarのBarはBarです、と蝶タイをきりっと結んだマスターが教えてくれた。マスターからは風呂上がりの匂いがする。そう、水をむけると、店を開ける前に風呂に入り、下着もすべて取り替え、クリーニングから帰ってき白いYシャツとバーコートに袖を通すのだという。

 [BarのBarはBarですか?]
 [そうです。BarにあるカウンターのBar(真鍮)はすべての人に平等に整えられたBar(止まり木またはやり直しのスタートライン)です。社長さんもお昼に仕事で酷く叱られた平と呼ばれるサラリーマンたちも、このBarの前では、ただのお酒を愛する人です]

 そこに通うようになった。したたか飲む夜もでてきた。マスターは姿勢を正したまま、相変わらずきりっと蝶タイを結んでいる。

 [マスター、ジントニック]
 [昨夜、お勘定をなしにしてあげたのを覚えてますか?]
 [んっ?]
 [お勘定を頂かない代わりに、ここへ通うのを止めてもらうようにお願いもうしたはずです。あなたのことを好きだから言います。5年はお酒を止めてみてから、また来てください]

 酒を飲むのに平も社長もなく平等だとBarでユートピアを諭され、アル中が酒を止めていくのにこれまた社長も平サラーマンもないと説かれ、断酒に1日も10年も関係ないと励まされ、やれやれ、いつもどこでもお酒の世界はアナーキーだこと.....

今日のながらCD
Maybe you've been brainwashed too./Иew Radicals

今日の一文
欲なければ一切足り 求むるあれば万事窮す       良寛

*この言葉は私が入院しているとき、友人が見舞いに来てくれたのですが、自助グループに行っていたもので、ベッドに書き残していったものです。いやはや.....
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by alglider | 2006-04-07 15:05 | アルコールと自由 | Comments(2)

マッチョな断酒会 その1

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               雪柳にも呼子が潜んでいる

 昨日、参加した[酒害相談講習会]は断酒歴1年以上、またはそれ未満であっても断酒会会長の推薦があれば参加できる。昨年はまだ入会もしておらず、当然断酒1年なんてどのようになるものか前途茫洋の中にいた。しかし、参加してみたいというか覗いてみたい気持ちがあって、本部に参加資格確認の電話をした覚えがある。断酒に気がはやっていたというより、アル中がアル中または酒に悩む人たちの相談をする、とはどんなもんじゃい、という興味津々ヤジ馬根性満々であったのである。

 んで、昨日の晴れの参加。小杉先生の印象に残った数々の言葉の中に[本来この『酒害相談講習会』というのは『酒害相談員講習会』いう名前やった。しかし、『員』がつくとやな、この講習が終わったら自分が相談できる立場の人間になったと勘違いする人がでてきよる。こらアカン。講習受講終了証は発行するけど、資格を与えるところやないで。患者と医者の間には明確な立場の違いがあるんや(大意)]
 そういえば、うちの前会長も[あんなん受けてなオレはエラなった思うヤツがでてきよんねん。アル中に平も社長もない言うててもな]と、フニャフニャーとええ感じで言ってはりました。

 ここは中々難しいとこである。何が難しいと聞かれれば、こういう感覚って特にアル中に限ったことじゃないからだ。[変えられないもの]と[変えられるもの]だけではなく、本当に[二つのものを見わける]ことは難しい。アル中ゆえんの[自意識過剰]なのか、それ以前からの持って生まれた[エエかっこしぃ]なのか.....これの見極めがまた回復過程でアル中をオロオロさせることしばしばだ。まぁ、小杉先生は確かに言ってはりましたなぁ、酒飲んだだけでアル中なったんとちゃう、と....これって救われたような、最後通告というか......(‥;)

 詳しくは知らないけれど、その点AAなんてスポンサーっていう考え方があるからしっかり確立されているのかしら。私は断酒会員だけれども、回復のためにはAAだって行く。その日の気分で自分を置けるところへ行く。違いをよく尋ねられるけど、今のところ[断酒会には物語りはあるけど、ノウハウと境地がない][AAにはノウハウと境地はあるけど、物語りがない]というのが初心者(ステップとか参加してないし....)の印象だ。あくまでも印象です、突っ込まないでね......打たれ弱いパンタっすからら.....

 んで話は変わるけど、そんなこんなを含めて、私はマッチョな匂いのする断酒会は苦手である。関西の断酒会の間では[断酒会舐めんなよっ!]という言葉は有名だ。初めはまったく分からない言葉だったけど、今なら意味は分かる、その言葉で助かった人もいる、だが私は苦手だし、内容よりその言葉の源泉のようなものに触れたくないし、身を置きたくない。もっと違う[自助のあり方]に身をもっていきたい....。[正座をして体験談を聞け]という人もいるらしいが、してくださいな、という感じがする。郷に入っては(どこかの断酒会に出席したら)郷に従います、が、どこに行っても正座正座の金太郎飴ではなぁ、色んな郷があったほうがいいに決まっているし、色んなアル中が増えてきますよこれからは....断酒会に参加すると同じ飴は食べない、色んな飴を頂いて楽しむ私 (^v^)/ じゅる...

 テーマをに基づく体験談を語る断酒会があってもいいし、起立しての体験談、座しての体験談、要は自分をどう物語るかなのだと思う。それには自分と対話するしかない。最近ウチの会にAAの人が割と参加してくれはるのでウレP、グッジョブ!

今日のながらCD
The FREE story/FREE

今日の一文
鳥籠へ男を返しほうやれほ               時実新子
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by alglider | 2006-04-06 15:41 | アルコールと自由 | Comments(4)

サボテンと曇天

 
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 朝、K子さんの電話で起こされた。[早いなぁ]と寝ぼけた声で返すと[もう9時やで]と言われた。はいはい、と布団から体を起こす。ひと通りのお喋りが終わって、電話を切る。ボーッと頭の芯が痺れていて、下半分だけが海の底にあるイメージが浮かんできた。あぁ、このボーッは水圧か、適切なイメージでなかなか捨てた頭じゃないな、と思った。ブログにはまって一週間ぐらいか、依存というか最後は支配されているようなもので、ウルトラマン・ララバイから[あんさんハイでっせ]と、心配の電話をもらったのが昨日の夜で、深夜メールのアホやり取りとかしていて、今に辿り着いて、一週間で一日分ぐらいしか睡眠をとっていなかった。

 ボーッとした頭がヘンに気持ちよくて、熱いコーヒーを飲んでいると、ブログから抜け出していく自分があった。これで、お終い。納得。大体が、文を書くのが好きで、その関係の仕事をしていて、首になって、なぁーんも書く場所がなかったのだし、お金をもらうわけではないのだから、道を外れたことさえ書かなければいいのだから楽しくて楽しくて.....。読み返すと随分常軌を逸している。ウルトラマン・ララバイの言うように早く依頼原稿にかからなければ....。

 徒然に時間を分けてこの文を書いています。好天、曇天の波状攻撃の中、撮ったサボテン写真がこれ。あとCD・レコードジャケットやら本をベランダで撮影した。そのとき、コーヒーを片手にベランダで早春の陽をうけて、優雅に撮影している自分の姿が頭の中にうかんだ。私はいつもこんなんだ。なになにしている自分というのが自動的にうかんでくる。で、私は熱いコーヒーが好きなのだが、撮影しているあいだに冷めてしまった。ぜんぜん優雅ではなかった。両方はできない、人生はこうなのである。MZCOちゃん、右肩のところに配置されているのブリジッド・フォンテーヌだよ。また、撮影した、この手のものを貼り換えていくからお楽しみに。メールで感想言い合うのじゃなく、ときどき書き込みして下さいな。

 リビングのほうからはスローブルースが幽かに聴こえてくる。これは私が発見した3LDKの狭い空間内でできる転地療法だ。Macから音を流すのではなくて、離れたところから耳に好きな音楽が届くと、あぁなんと良い環境に私はいるのだろう、と錯覚できるのである。私の部屋は正直いってあまりにも酷い状態だ。それにリビングにしかレコードプレイヤーがない。

 あぁ、そのコーヒーを飲んでいるときにチロリンとメールの届いた音がしたので、見てみるとHサイトからで、消去しようと思ったんだけれども[回転寿司]というタイトルが眼にとまり開いてしまった。内容は[回転寿司なんか食べたこともないセレブな女性があなたと云々]というものだった。回転寿司大好きな私である。はっきり言って弱点でもある。[回転寿司も食べたことのあるセレブな女性]のほうが良いに決まっている。

 スーパーの会員になっているのでイオン水がポリ容器に3リットル無料で手に入る。それで米を炊く。なくなっていたので、買い物にでかけた。スーパーの名前がイズミヤだから、♪泉に水汲みに来て〜、と歌いながら歩く。どうも私の頭は、一つの言葉のその音感やリズムや意味が他の言葉と光速でシンクロしてしまう特色をもっている。特色というのは良かったり悪かったりだ。

 歌いながら[敢えておこなう]といことについて考えていた。そのことを今から[敢えて書く]のだから話はややこしい。小さいころから、頭の上空でカメラが回っている気がしていた。正確に言えばそれを自覚していた、といことになる。みなさんも覚えがあるとおもうけれど[考えている自分について考える]というやつだ。言葉について言葉であらわす。それをまた言葉で、となると切りがないから、メタという概念が登場する。実際的に言えば[道具A]を便利になおかつ有用に動かす道具[道具B]は[道具A]に対してメタの概念を有する道具であると言える。

 んで、感情とか気持ちをあらわすときにふだん意識はしていない。しかし[敢えておこなう]のだから意識された意図がある。無意識のうちに喧嘩になったり失敗したら、これは社会という枠組みの中で責任を問われるが、[敢えておこなう]おこないは、実存をかけて責任を負うことになる。私はそんな恐ろしいことには手を出さない。が今書いている文章自体は[敢えておこなう]おこないである。何故このようなことを書いているかと言えば、ある人にこれを読んでもらいたいからだ。それでこれはメタの概念の内にあるから、以上で終わるしかない。

 上記の[歌いながら〜しかない]までを私の[敢えてのおこない]として提出する。

 こういうことは考えだすとややこしくて切りがない。感じているカメラの視線は、またその上にカメラを作りだす。だから人は一人の神を創出したり、アニミズムの中にいたり、仏に成り、経を成立せしめ、禅に遊ぶ。芸術ではDADAが登場するがもともと矛盾そのものを矛盾として表現しようというのだから、とうぜんのように理論を有したシュールリアリズムに収斂されていく。

 そんなややこしことを三十一文字で提出した天才としか言えない歌人がいる。故人だが。たとえ寺山修司がいかに天才だといっても、その言葉がでてきたバックグラウンドというか、抒情には生の人間としての底通した作り手までの情を共有することができる。しかし[敢えておこなう]おこないとして、三十一文字を提出されたものとして、その中に宇宙を創り、そして、どこまでも続くメタの概念をその宇宙に閉じ込めるのではなく、トポロジーのように示してくれた。[敢えて文字だけでできたもの]としか言いようがない。[今日の一文]で紹介します。

今日のながらCD
STRANGE DAYS/THE doors

今日の一文
少女死するまで炎天の縄跳びのみずからの圓駆けぬけられぬ     
                       塚本邦雄
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by alglider | 2006-04-03 11:38 | アルコールと自由 | Comments(6)

瓢箪から駒 ヅラから道徳

 今日『ナルニア国物語』を見に行って来たから、連想が働いてPINK FLOYDの『ANIMALS』を聞きながらこれを書いている。『ナルニア・・』のことだけれども、ストーリーは子供のためのファンタジーだからいたって古典的。しかし、私はCGというものに疎いから十分に楽しめた。ビーバーが話したときは驚きゃあした。この映画、脇役のビーバーで持ってる、なぁて。んでもCGって遠近法がおかしいんやね、知らんかったわ。あれは作意としてのディズニー的誇張芸術表現なのだろうか?CGの特性?限界?分かりません。映画が遅くなって、というのは言い訳で選抜高校野球を見入ってしまって、お出かけが送れた∴遅くなった、しかるに扇町AAはパスすることに相成り、阪神DPT地下食堂で名物いか焼き3枚、旨っ旨って、食して家路に。 

 んで、帰りの車中なんだけど、私の目の前の席の男性がヅラを着用(?)していた。でもって、これがまた映画に向かう往きの電車の中でも私はヅラ男性と遭遇しているのだった。こんな偶然、こんな一日二回もってあるんやねぇ。もちろん同ヅラ別人ですよ、同じ男性なんてことは奇跡に近いですから。ヅラを確認したとき「オレは100%見抜く自信がある」と自惚れを覚えますが、本当はカツラを着用している男性をどのくらいの確率で気付いているのでしょう?どうでもいいけど。んで、車中の私の視線はどうしてもヅラにいってしまう。これがまた良く擬態しているものだから、ついこっちも正確なところが知りたくなる。いけないと思いながらも、チロリンとつい視線がいく。相手も「気付かれたかな」って素振りで俯いたりする。私はさり気なく吊り広告に視線を移動して、また戻す。目と目が合う。携帯のバイブが震えた振りをする、私・・・・。

 相手の男性はイヤな思いをしただろうか?それとも慣れているだろうか?極私的に言えば、カツラを用いる人の気持ちはまったく分からない。私やったら必ず注がれるであろう視線に堪えられない。チャパツにする感覚と同じなのだろうか・・オシャレやんオサルやん。オシャレにしたって、天然パーマの女性がストパーをあてる感覚とヅラ着感覚は随分違うような気がする。実存という深淵な問題か。禿げたら禿げでいいじゃん、自然の摂理じゃん、これが私の気持ちだ。でも「京大類人猿研究所(?)みたいに、じろじろ観察するのは失礼やないか」「勝手じゃないか、自由じゃないか」というのはカツラを用いている人の気持ちだ、正論だ。そうだ勝手のかの字なのだ。話が微妙な問題を含んでいる(?)だけになかなか進まない。整理ができずにあっちこっちにいってすんまそん。
 
 そんなこと(視線に堪えられないよなぁ)を思いながら、私の思いは自分の過去に向かっていた。勝手のかの字、自由じゃ、失礼じゃないかないか道頓堀よ..。そう、かつての私は勝手のかの字で、車中飲酒を繰り返していたのだった。ヅラがナンボのもんじゃ、視線がナンボのもんじゃと関係なしで、ウビウビと大好きなビールを喉に流し込んでいた。通勤満員電車の中でも吊り革に掴まり、片足立ちだったりしても。空いた車中では大阪のオバサンたちの掛け合い漫才を耳にそよぐ風のように聞きながら。視線なんて関係ない、臭いまで発しているのだからん。私には「みっともない」という哲学がスコリンと抜け落ちていたのだ。これは飲酒によって抜け落ちたのではない。もともとなかったのだ。早川義夫さんがソロアルバムのタイトルで「かっこいいって、なんてかっこ悪いんだろう」と看破したように、自由の名のもとスコリンと「みっともない」が抜け落ちた不甲斐ない私が酒をたらふく飲んで豈図らんや何の不思議があろうか。コンビニの前で囲み座りしてカップ麺を食べ散らかしている少年少女たちの先駆け的存在だったのである。が、ゴミは捨てる習慣は身についていた。いくら酔っても空き缶は空き缶入れに、だ。「みっともない」というのは教養の感覚だ。「かっこわるい」というのは道徳の感覚だ。断酒生活には教養と道徳が必要なのである、とみっともなくも言い切る私はどうすりゃいいのよ思案橋。ここでいう道徳というのは私流に言い換えればフェアということなんだけれども。この道をアントニオ猪木風に迷わず往けばやがて倫理という家に辿り着くはず。あくまでも、はず。

 このようにヅラから飲酒生活を回顧し、断酒の心得を考え、哲学を超えた倫理の境地まで思案橋していると「次はHNYGW駅〜、HNYGW駅〜」車中アナウンスがあったので、かのヅラの男性と一緒に降車した。階段の後ろから後頭部の具合をしっかりと確かめている自分があった。とほっ...。
酒、自由、道徳、倫理は私の主旋律なので日を追って奏で続ける。今回は長〜い長〜い、イントロでござるるる...。

今日の一文
この学びの旅を終えたら家路につこう        ヘルダーリン
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by alglider | 2006-03-28 22:59 | アルコールと自由 | Comments(1)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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