カテゴリ:不安症( 3 )

不安症のメモ 3

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09:55

 予定より早い目覚め。余り眠れていない。この状態で睡眠障害の症状が表れたら辛いなぁ。今夜から連荘で徹夜仕事だしなぁ。

 夜中の1時ごろうつらうつらとし始めたら、携帯がなった。着信音はジムノペディ、うつらに聞くと逆に深い眠りに入りそうである。H(女性)からだった。彼氏のM(現代美術をやっている人物で、深いところで気の合う)も一緒にいたので久しぶりに話す。不安症のことを話して、Hのところで鍋を囲む予定を立てる。そういえば、随分と気の許せる友達と会っていない。そういうところも影響しているな、と思い至った。話すことに壁を作っている、というようなありふれた比喩ではなくて、話すことや書くことが、返す刀で自分を斬り付ける感覚があって、雑談しかできない毎日だ。

 電話の内容は、私が名付け親、ゴッドファーザーになった[文名生(ふみなお)]君と一緒に津山に旅行してきたという話だった。Hの子供ではなくて、話はややこしい。まぁ、省略。ただ、そのように気をつかってくれる友達がいるのはありがたいことだった。




 
sutanka二首更新しました

一首ここに載せます........

独り言聞きたき夕べは裏山の古墳に行きて石を集めり






只今のながらCD

頭脳警察 7/頭脳警察




18:23

 マイ断酒会の昼例会終了。先週書いたケヤキの枯葉も一週間経つとほとんど散っていた。冬の高い空と枯れ枝はセットである。空にはり巡らされた毛細血管である。今から、晩ご飯の用意をしながらバレーボール、フィギュアスケート観戦と忙しい.........

 今日、例会でテムジンさんがハナミズキを嫌う理由を知って笑ってしまった。申し訳ないが。テムジンさん、ここのブログに発表してしもてええかなぁ...........?



只今のながらCD

SOLITUDE STANDING/SUZANNE VEGA
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by alglider | 2006-12-02 07:55 | 不安症 | Comments(6)

不安症のメモ 2

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12:17
 十二月朔日。晴天。

 洗濯をして、療養所にいるような気分に自分を持っていって、心は穏やかであると言い聞かせて、洗い物を干す。

 怒りの感情はほとんど、否、全くない。腹を立てたことはないといっていいし、焦りもなにもない。ただ、不安がある。その不安に腹が立つこともない。怒りがあれば、少しは解消するのかも知れぬ、と思う。

 しかし、争いごとは不安を増幅させるから、できるだけ[影響]というものを少なくしていく。[影響]を受けるのも、与えるのも少なくしていく。それが天秤の保ちかたである。そんな中で、思いを伝える方法、表わす方法をとして、結果的にやるようになったのが短歌だと思う。だけれども、伝えることも、世界を美しく描き詠うこともできずにいる。「あぁ、自分はこんなことを考えているのだ」「こんな言葉を使うのだ」という発見ばかりがあって、外の世界と接触しない歌ばかりである。存在するだけで、影響を受けたり与えたりするのだから、できるだけ[穏やかな影響]を頼みにしつつ歌を詠む........




出でずとも戦の言葉疎ましく宵の明星凪を見に行く

戦=いくさ  明星=あかぼし




只今のながらTAPE

KRISTAL NACHT/PANTA
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by alglider | 2006-12-01 06:01 | 不安症 | Comments(1)

不安症のメモ 1

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18:45

 これは、不安症について考えていくためのメモのようなものです。

 不安、といえば恐怖のようなものも連想するけれど、イメージとしてそれほど鋭角ではない。先端恐怖症みたいなものは持っているけれども、それは身の処し方で対応できるものだ。不安定なのである。自分の思いと自分の表わすことと外との関係が。関係といっても、装置のようなメカニックな関係ではないから、その不安定の見返りは心に不安となって表れる。不安定といってもバランスの感覚でもなさそうである。泥土のような欲望、多分満たされていないものがある。満たされるぬもの、というのは凡そすべての人が抱く感情であろうけれども、それはそれほど大きな問題ではないというか、茶飯事で解消されていくものなんだろう。茶飯事というのは、日々の日常で世界と接する理屈が噛み合って動いて行くものだ。しかし、私の外の世界は、これまで私が身に付けた理屈とは全く違う理屈で動いていると驚くことがあって、否、それこそ不安になることがある。日々のひとつ一つ動作、茶飯事が間違っているような気になる。このように電車に乗ってよいのか、このように飯を食ってよいのか、このように本を読んでよいのか、このように更新していてよいのか、数え上げると切りがない。そんなことが頭から離れないのではない。そうであればもうとっくに破綻していると思うのだ。時にそのような思いが腹の奥から競り上がってくるのである。






仕方なく仕方なさごと受け入れるそのとき時はおだやかに暮れ
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by alglider | 2006-11-30 09:34 | 不安症 | Comments(3)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


by alglider
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