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秋分   一首

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14:37


御 堂 筋 わ れ ら が 夜 の 反 戦 歌 ス ワ ロ フ ス キ ー の 沈 黙 を 過 ぐ



みどうすじわれらがよるのはんせんかすわろふすきーのちんもくをすぐ




 月光の


 合宿へ出る前日は高熱で大変だったが、21日にあった出身高校の還暦同窓会も前々日から鼻風邪を引いてしまい、その上、口内炎ができ、20日は絶対安静と言い聞かせずっと寝ていた。するとトイレに行くにも足腰に力が入らない。還暦同窓会を前に耳順の体力のなさを知ったいち日。ま、何とかかんとか行ってはきたけれど、心は急に秋だ。


 今年は還暦とあって、まだ肌寒い春にも中学の同窓会があった。中学生と高校を比べると、中学は学区が小学校から上がっているだけに、とにかく、思い出話は子供のころにまで及ぶ。誰々ちゃんは小学2年生の時、授業中におしっこを漏らしたとか、とっくに本人たちが忘れている話がぼんぼん出てきて、困惑気味の人も多々、笑。同窓の100人がよれば、人の印象に残って生きているまた別の私が、ま、大袈裟に言えば100通りいるのだ。かけっこの遅い私であったり、お絵かき上手の私であったり、嘘つき少年の私で会ったり、泣き虫で会ったり、臆病であったり、病気がちであったり、しかしそれはすべて人生の何らかのきっかけになる可能性としてあったもので「そんなことで泣いたなあ、そこをもっと伸ばせばよかった」なんて思ったりすることがあった早春の宴だった。


 しかし、高校時代になると、卒業してからの生き方、と言えば大層だが「何やってきたの?」的な卒業から還暦までの、ま、人生の話題が多くなる。それはそうだな。ま、私は病気持ちだけに話題には事欠かない。市会議員から税理士、社労士などなどの資格独立タイプ、防衛省から教師までの公務員(かなり仲の良かったO君などは母校の教頭になって定年を迎えていた)会社社長の起業家、大中小それぞれ会社勤めのサラリーマン、専業主婦、平べったく言えば鬼籍に入った者を除いてみんな何某かなのである。男の多くが定年を迎え再就職しました、という一定の感慨を持って語るのだが、アルコール依存で30代40代をぶっ飛ばしてしまった私にはその感慨がない。


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 そんなことにはとっくに気づき慣れていていいはずなのだが、私はとにかく能天気だから、多くの同窓が感じている感慨を持たない人生であったなあ、と思い知らされた一日でもあった。定年のない資格人生や商売や起業家とも違うしね。ま、それはそれでいいとし、小・中・高と一緒だったW君が近寄ってきて「先日、靭公園の“戦争法案”反対集会に行ってたでしょ」と言う。「あれ、居てたの?」と尋ね返すと、居たのだけれど人ごみに紛れてしまって声が掛けられなかったそうだ。それは残念。そういった偶然は心強いものなのに。


 同窓会の参加者、不参加者のコメントをまとめた冊子を読みながら、天眼鏡で卒業アルバムを見つめるけれど、知らない人が多いことに驚く。全体数の何分の一で私の高校生活は回っていたのだろう。大体、卒業アルバムも各クラスの実行委員でそれぞれ勝手にデザインし作ったものだから、名前を記載していないクラスもあったり(誰が誰だか分からない)、笑福亭仁鶴の写真が紛れ込んでいたり、ビールで乾杯していたり、演劇部などは卒業写真に写っているのは全員2年生であったり、統一性がまったくない、かなりシュールな(笑)作りで、シュールと言えばマグリットの挿絵がかなり使われていたりする。兄が私の卒業アルバムを見て「めちゃくちゃやな」と面白がっていたものだ。


 ま、そんなこんなで、思い出や来し方に思いを寄せていると、秋という季節も相まって何とも遣る瀬無い、アンニュイな気持ちで連休が過ぎていっている。


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 モノクロ写真は近所の府立公園。入り口にはコキア(ほうき草)に目玉が貼り付けられていた。秋分。そんなこんな。






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只今のながらCD

戦争は終わった / 夏木マリ
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by alglider | 2015-09-23 12:26 | 短歌 | Comments(3)

晩夏の風が  一首


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23:34


老 年 も 荒 野 を 目 指 せ い ざ デ モ へ デ モ へ 行 け よ と 晩 夏 の 風 が



ろうねんもあらのをめざせいざでもへでもいけよとばんかのかぜが




 義妹が


 神奈川・川崎から日帰りで義母の病院へ顔を出してくれたので、本日、私は見舞いに行かないことにして、反安保法制集会とデモへ参加してきた。今回の“戦争法案”の集会にはちょくちょく顔を出しているが、デモは学生時代以来である。3年前に亡くなったY山が「頑張ってんな」と空から声を掛けてくれそうである。さて、一人で行ったものの、集会のアピールのあと、どの団体と歩いたものか?と考えていたら、出身大学の「有志の会」の幟が見えたので行ってみたが、何だか人相が気に食わないので、やめた。ごめん。そうこう、していると「ベ平連」の旗が目に止まった。行ってみると、おう、確かにあの世代の風貌である。旗も昔のものがそのまま出てきたらしい。ちょっとした同窓会の雰囲気の中へお邪魔させていただいた。


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 SEALDs KANSAIの主催で、チラシが配られ、シュプレヒコールならぬコールの練習があった。コール&レスポンスで先導者の言葉を繰り返すのではなく、言葉に“応える”のである。民主主義ってなんだ? / これだ!! の「 / 」の部分が分かれ目。先導者が「民主主義ってなんだ?」と叫べば、それを繰り返すのではなく「これだ!!」と応えるわけだが、こんなのは簡単な方。学生言葉が入ってきて、とりま廃案 / それな!それな! では、ベ平連世代の人たちが「とりまって何や?」とぼそぼそ。意味を教えてたけれど、世代のギャップが面白い。もう一つ、ボブ・マレーの「Get up Stand up」を使ってGet up Stand up / Stand up for your right / Don’t give up the fight と応えろというのも、いくらチラシがあっても無理っぽい、笑。


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 若い世代の「勝手に決めるな!」のラップで主張する団体の後を、私はベ平連の諸先輩に混ざって付いて行った。やや複雑な感情があるにはあるのだが、そんな時代ではない。とりま(笑)、ラップが流れる後ろを生ギターでフォーク・クセイダーズの「戦争は知らない(作詞は「寺山修司)」や岡林信康さんの「友よ」、ピート・シガーやジョーン・バエズが歌った「We shall Overcome」を歌いながら歩いた。世代には世代の表現方法があり、その混在は今回の運動のいい面だなと思う。1時間半から2時間の行進。杖を突き突き私も頑張りました。余談、昔、岡林信康さんのロードマネージャーを少しの旅の間手伝ったことがる。岡林さんはそのころ(たぶん今も)「友よ」は絶対歌わなかった。私の想像だけど「友よ」と呼びかける側に回る傲慢さを嫌ったのだと思う。しかし、多くの人たちと一緒に歌うと、この歌に傲慢を感じることはない。名曲だと思いながら、歌っていた。




足が棒鱈のようだ。とりま、そんなこんな。






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只今のながらCD

RAIN / FREEDOM TO GLIDE
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by alglider | 2015-09-13 22:34 | 短歌 | Comments(9)

一人の練習   一首



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21:47


舌 を 垂 れ 涎 を 垂 れ て 犬 の ご と 上 目 遣 い の い ち 日 の あ り



したをたれよだれをたれていぬのごとうわめづかいのいちにちのあり





 娘は


 夕方からどこかへ出かけ、お咲きさんは義母の入院先へ行っていて、日暮れからずっと一人でいる。とっぷり暮れる前に散歩と買い物に出た。近所のスーパーは二週目の土、日(月曜始まりカレンダースタイル)に会員カード類で買うと5%引きにしてくれるので、毎月、手洗い石鹸やシャンプーなど日用消耗品を買うようにしている。ぶらっと出かけ、あれこれ散策して写真を撮っている隙に蚊にかまれた。あわれ蚊ではなく元気な藪蚊でかゆい、かゆい。


 家に帰りつきお風呂に入ってノンアルコール飲料を飲み、しばらくボーッとして、晩飯を作り始めた。こういう誰もいないときには、不幸にも生き延びて、一人暮らしになってしまったときの練習だと思われてくる。家事はひと通りできるから、その料理に向かうときの心のありよう、立ち位置の練習である。時間はすべて自分のためにあり、いなくなった者を思うのもいいし、いっとき忘れるのもいい。そんな練習をする。先に逝った友も思いだし、ここにこうして鍋でお湯を沸かしたり、ぼちぼち皿を洗っている自分を報告するようにする。老いさらばえば、足し算より引き算の生を行くことになるだろうが、ぼちぼち短歌や詩はゆっくりと増えていくだろう。そのバランスの悪さを保てるような質のある言葉を持てたらいいのだがなあ。


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 義母の病院までは最寄駅からいろいろな行き方があるのだが、お咲きさんがこの道が近いし気持ちがいいと言った道。多くの灌木に囲まれ、少し傾いた焼き板塀など懐かしい風景である。こういう道を歩いて見舞いに行けるなんて、きっといいことがあるような気がする、と甘い感傷を持ったりする。





 あ、一人帰って来た。そんなこんな。






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只今のながらCD

翼 / 石川セリ
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by alglider | 2015-09-12 21:00 | 短歌 | Comments(4)

長月の初めのころ   一首


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23:18


見 上 ぐ れ ば 入 道 た て り 光 背 を 畏 れ て 過 ぐ る 六 十 年 を



みあぐればにゅうどうたてりこうはいをおそれてすぐるろくじゅうねんを



 8月

 29日30日は短歌結社「月光の会」の夏合宿で福島県・会津若松まで行ってきた。そして31日と9月1日は遅い夏休みを取っていたので4連休。新大阪から東海道、東北と新幹線を乗り継ぎ、郡山で在来線の磐越西線に乗り換え会津若松まで、電車に揺られ揺られ7時間ほどの旅である。往路の新幹線はほとんど寝ていた。というのも前回の日記で書いたように前日に40度近い高熱を出したからで、深い眠りに落ちた移動だった。リプレイでずっと柳ジョージとレイニーウッドを耳に流していた。好きな新幹線車内販売のコーヒーも飲まずである。


 福島泰樹先生は会うたびに私に体を心配してくださるが、今回の前日40度近くには「よく来れましたね」と驚かれていた。まずは温泉に入り(月光はこれがお決まりである)それから歌会。題詠「川」である。私は2票しか入らなかったが、そのうちの1票が福島先生だったので満足をする。翌日は、会津の歴史の講義、それから記名した連作の歌会である。自分のことだけを報告すれば連作は評判が良く先生にも「よい歌を詠まれましたね」とお褒めの言葉をいただいた。最近は考えるところがあって作風が変わってきている(つもり)のだが、認められたようで正直に喜ぶ。


 31日は大阪で短歌友達で島根から来阪していた文さんとランチ。塔のユウコさんも一緒でユウコさんの息子さんシュン君も一緒だった。シュン君とは初めて会うのだが、話をよく聞いているので初めての感じがしなくって、人見知りせずよくしゃべってしまった。病み上がりなので、食事だけのデートだった。



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 1日は平日に行っておいた方がいいだろうと、まだ疲れの残る体に鞭打って京都まで「ルネ・マグリット展」を見に行ってきた。ベルギー王立美術展とか、何度も見ているマグリットだが、今回は初期、あの独特の理論的な絵が完成する前のもあったり、ナチスを恐れて描いた明るいタッチの作品もあり、興味深かった。ローマは一日にしてならず。マグリットもまたしかりである。



 今日は床屋へ行ってきた。そんなこんな。





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只今のながらCD

WTC 9/11 KRONOS QUARTET / STEVE REICH
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by alglider | 2015-09-06 22:17 | 短歌 | Comments(4)

さびしさを糸でかがればかぎ裂きのかたちしてをり棘のあるらし


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